パナソニックのビューティ・パーソナルケア事業が、ヒット商品を連発している。ヘアドライヤーナノケア(ナノケアドライヤー)は圧倒的ともいえるシェアを維持するとともに、現行モデルの「EH-NA0」は、各種アワードで33冠を受賞し、高い評価が集まっている。
さらに、手のひらサイズのシェーバーであるラムダッシュパームインは、2023年9月の発売から約半年間で10万台の出荷を達成。肩にかけるだけで利用できる高周波治療器のコリコランワイドは発売から4カ月間で、計画比5倍の販売実績となっている。
そして、ナノケアドライヤーの新ラインとして、2024年9月から発売する「ナノケア ULTMATE」は、水分発生量を従来比で最大10倍とした第2世代の高浸透ナノイーを採用しただけでなく、高浸透ナノイー、ミネラル、マイナスイオンの発生量を調整することで実現した4つのパーソナルメニューを用意。その性能に注目が集まる一方、市場想定価格が8万5000円前後という、ドライヤーとしては異例の価格設定も話題だ。
パナソニック くらしアプライアンス社の常務であり、ビューティ・パーソナルケア事業部長の南波嘉行氏に、同社ビューティ・パーソナルケア事業の取り組みについて聞いた。
旧パナソニック電工の流れを汲む「掘り抜き井戸」の取り組み
――パナソニックのビューティ・パーソナルケア事業が、ヒット商品を連発しています。その理由はなんでしょうか。
南波:ビューティ・パーソナルケア事業では、ドライヤーやシェーバー、美顔器、電動歯ブラシ、ヘアカッター、マッサージャーなどの美容家電や健康家電などを担当しています。これらの商品に共通した特徴は、「必需品」ではなく、「必欲品」であるという点です。「必需品」は、家庭のなかに必ず必要な商品ですが、「必欲品」とは、欲しいと思う人が購入する商品です。言い換えれば、高性能ばかりを追求しても、売れるかどうかがわからない、買いたい人が増えるかどうかがわからない商品だといえます。
私たちは「お客様が欲しいと思える商品を作らなくてはならない」というのが基本姿勢となります。つまり、優れた技術だけでなく、お客様のニーズを知り、商品コンセプトがしっかりし、それにあわせたマーケティング戦略が、重要な意味を持ちます。これらが組み合わさらないと、「必欲品」は売れません。このやり方が、長年蓄積され、習慣化していることが、ビューティ・パーソナルケア事業の特徴だといえます。
――そこにヒット商品を生み出すヒントがありそうですね。
南波:ビューティ・パーソナルケア事業は、旧パナソニック電工の流れを汲んだ事業であり、そこには、いくつかの先人の言葉があります。ひとつは、「掘り抜き井戸」です。井戸を掘って、地下水脈まで到達すれば、水は涸れることなく、こんこんと湧き出ます。これと同じように、欲しくなる商品を実現するために、研究に研究を重ねて、突き詰めるという取り組みです。シェーバーやヘアドライヤー、マッサージチェア、電動工具などの事業は、すべて掘り抜いてきた結果、高い評価を得た商品だといえます。
私が最初にヘアドライヤーを担当した30年以上前は、決して強い商品ではありませんでしたが、2005年に、初めてナノイーを搭載したヘアドライヤーを発売したとき、それまでの髪を乾かすというドライヤーの役割を、美しい髪にするためのドライヤーへと大きく変革させ、それが市場に受け入れられて、大ヒット商品となりました。
1980円のドライヤーでいいという時代に、2万円のドライヤーを発売したわけですから、最初はどれだけ売れるかは未知数でしたが、その性能が高く評価され、さらに、競合メーカーがこの分野に追随したことで、新たな市場が形成されました。
2019年には、ナノイーの水分発生量を18倍に向上して、髪の内部への浸透を高めた高浸透ナノイー搭載のヘアドライヤー「EH-NA0B」を発売し、さらに、2024年9月からは、新たに「ナノケア ULTMATE」を発売し、水分発生量を最大10倍とした第2世代の高浸透ナノイーを採用し、お客様がなりたい髪や、お客様の髪に合わせられるドライヤーを完成させました。誰も体験がしたことがないドライヤーといえるもので、井戸を掘り抜いたからこそ、実現できた商品だといえます。
そして、もうひとつの言葉が「強み伝い」です。
――「強み伝い」にはどんな意味がありますか。
南波:これは、長所を生かす、実績を大切にするといった意味があり、ビューティ・パーソナルケア事業が持つ強みを、新たな事業展開やグローバル展開などにつなげるといったことは、「強み伝い」を実現する取り組みだといえます。たとえば、シェーバーの強みは、刃やモーターにあります。こうした強いパーツを使って、商品を変え、お客様を変えて提案することは「強み伝え」のひとつです。シェーバーで培った技術やノウハウを活用して、女性用のボディフェリエやVIOフェリエに生かすといったことがその成果です。
ビューティ・パーソナルケア事業部には、こうした考え方が浸透しています。その結果、組織には、チャレンジする文化があり、チャレンジを応援する文化があります。新しいことをやりたい人を否定しないという風土は、長年に渡って蓄積されてきたものです。
手のひらサイズのシェーバーであるラムダッシュパームインは、2023年9月の発売から約半年間で10万台の出荷を達成するヒット商品となりました。この商品企画が生まれたとき、否定するということはなく、社内からは、「これは面白い」という声があがりました。こうした文化が社内にはあります。
実は、私も若い時から挑戦することが好きで、やるなと言われることが大嫌いでした。それを上司も、先輩も応援してくれましたし、成功すると、とても褒めてくれるんです。すると、調子に乗って(笑)、またがんばってしまう。そういう経験を若いときにしていますから、私も同じことを、若い人たちに経験させてたいと考えていますし、この文化を継承していきたいと思っています。
――南波事業部長は、どんな商品の開発に携わってきたのですか。
南波:最初の成功は、ヘアアイロンのヒットでした。その後、美容スチーマーやナノケアドライヤー、ポケットドルツ、衣類スチーマーなどに関わっています。
――成功が多いですね。
南波:いや、いまは、成功したものだけを挙げましたから(笑)。失敗もいっぱいありますよ。
商品を創出するモノづくり、付加価値路線の追求と海外攻略
――新たな商品を創出するための組織づくりはどうなっていますか。
南波:少し前までは、商品企画とマーケティングがそれぞれに分かれ、バケツリレー方式でモノづくりをしてきましたが、もともとパナソニック電工時代から、技術、営業、商品企画が一緒になって、モノづくりを行う文化がありましたので、それを生かせるようにしました。
約2年前に、ブランドマネジメント部を設置し、いまは、商品企画の段階から、マーケティング部門が入り、モノづくりを進めています。モノづくりのスタート時点から、関係部門が集まり、事業課題はなにか、解決するためになにをすべきか、どんな商品で、どんなターゲットであるかを考え、課題を共有することを始めています。
ビューティ・パーソナルケア事業部の商品は、小物商品が多く、少人数で行えるというメリットもありますから、こうした動きが行いやすいという特性があります。いまも、数多くのプロジェクトが動いており、実験室では、私が知らないような取り組みも行われていますよ(笑)
――ビューティ・パーソナルケア事業部の2024年度の基本方針はなんでしょうか。
南波:主力事業であるドライヤーとメンズシェーバーについては、国内において、付加価値路線をさらに追求し、この分野において、寡占化を図っていきます。
戦略的商品のひとつが、「ナノケア ULTMATE」です。これは、「パナソニックが究極のドライヤーを作るとこうなる」といえるものを作り上げした。これまでのドライヤーの商品化で苦労していたのは、お客様ごとに髪の質や髪の悩み、髪型が違い、また、なりたい髪も違うの対して、1種類のドライヤーで対応しなくてはならないことでした。しかし、ナノケア ULTMATEでは、発想を変え、お客様の髪にあわせて選べるドライヤーを目指しました。高浸透ナノイー、ミネラル、マイナスイオンの発生量を調整することで実現した4つのパーソナルメニューを用意し、それぞれの悩みに対応しながら、なりたい髪へ導くことができるようにしています。「みんなが驚き、誰が使っても不満を言わないドライヤー」を目指して商品化したものです。これまでにない体験をしていただくことができる商品ですし、新たなカテゴリーを創出できる商品だと考えています。そして、「高級ドライヤーといえば、パナソニックである」というイメージをさらに強固なものにしていきたいと思っています。
もうひとつは、海外事業拡大に向けた足掛かりを作る1年にしていくという点です。これまでのモノづくりは、日本市場をメインに捉え、そこに「プラス海外」という考え方が基本でした。しかし、これからは、グローバルもひとつの市場として捉えたモノづくりを前提にしたいと考えています。
ドライヤーという商品を考えた場合、アジア市場は、日本人と同じ髪質を持った人たちが多く、なりたい髪質やスタイリングも似ています。日本市場において、高性能ドライヤーの需要があるように、アジアや中国市場でも、当然、同様の市場ニーズが想定されます。今回の「ナノケア ULTMATE」は、アジアや中国の市場も視野に入れて商品開発を行ったもので、これをきっかけに、海外を視野に入れれたモノづくりを当たり前にしていきたいと考えています。また、中国や韓国、台湾、中国、マレーシア、タイ、ベトナム、シンガポールといった国と地域において、積極的なマーケティング活動も行っていきます。
欧州などでは、シェーバーのビジネスも行っており、ここにも力を注ぎます。パームインシェーバーも今年秋から、海外展開を開始する予定です。まずは、アジアナンバーワンを目指し、そこから、欧州や北米、中東を含めて、ビューティ・パーソナルケア事業のグローバル展開を進めるなかで、グローバルを視野に入れたモノづくりを広げていくことになります。
――欧州市場向けには、独自のマルチシェイプを投入していますね。
南波:マルチシェイプは、欧州発の商品であり、新たな取り組みのひとつです。ひとつのボディに複数のアタッチメントを取り付けて利用することが可能で、髭や髪、体毛、鼻毛のトリミング、髭剃りや歯磨きなどの利用が可能です。用意した5種類のアタッチメントは、自分が欲しいものを選んで購入することができます。欧州では、これまでにもシェーバーや髭トリマーなどの販売実績がありますが、市場調査をしてみると、髭トリマーを使って、体毛や髪の手入れをしているという人がかなりいることがわかりました。実は、マルチシェイプのような商品は、約10年前から検討をしていたのですが、低価格の商品が数多く出回っており、パナソニックが差別化するには難しいと判断していました。しかし、エコに対する意識が高い欧州において、充電器や本体が1台で済むという提案が受け入れられやすいこと、そこに対して、価格が高くても、本格的な機能を持った商品が欲しいといったニーズに対応できると判断し、市場投入しました。欧州では順調な売れ行きを示しており、中東や北米にも展開しています。
これまでの商品の多くは、まず日本で売れるかどうかを前提に企画を行ってきました。得意とする市場において、その市場に向けた商品を投入すれば、一定の販売数量が見込めるからです。しかし、マルチシェイプは、それとは異なる商品で、日本での需要は見込めなくても、海外の大きな需要に向けてチャレンジした商品といえます。パナソニックのビューティ・パーソナルケア事業が、グローバル化した体質に変わるのならば、5年後や、10年後には、こうしたビジネスの仕方が当たり前にならなくてはいけないと思っています。
好調な2024年度であっても準備期間、中期計画で狙うナンバーワン
――2024年度第1四半期は、くらしアプライアンス社の3つの事業部のなかで、ビューティ・パーソナルケア事業部だけが増収増益でした。いいスタートを切れていますね。
南波:2024年度も、通期での増販増益を目指します。ただ、業績が良ければいいということが2024年度の評価ポイントだとは思っていません。2025年度から始まる次期中期経営計画の1年目に向けて、成長する準備や、成長に向けた練習ができたかどうかが重要だと思っています。
そのひとつが、次の需要を創出する取り組みです。具体的には、電動歯ブラシをはじめとしたオーラルケアの商品を強化すること、ビューティでは、EPIの脱毛器などのエステ商品の強化、ヘルシーではコリ治療のコリコランの強化などを進め、サブカテゴリー領域でも、成長に向けた土壌をつくりたいと考えています。
パナソニックのビューティ・パーソナルケア事業は、2030年度に売上高3000億円を目指しています。そして、中間地点となる2027年度には、アジアでナンバーワンになることを打ち出しました。アジアナンバーワンになるということは、シェアという観点だけでなく、この分野で高い認知度を誇ることはもちろん、この商品をほかの人に薦めたくなるという指標でも、高い水準にあることが前提となります。
ビューティ・パーソナルケア事業は、ドライヤーとシェーバーが2つの柱となっており、これらの商品が高単価で販売されることに加えて、日本だけでなく、アジアや中国でも売れること、そして、そのまわりで様々な商品や、新事業商品などが成長することで、3000億円を達成することになります。
――2023年度の売上高が1676億円ですから、売上高3000億円というのは大きな目標ですね。
南波:ご指摘のように、3000億円というのは、現在の売上げの約2倍の規模になります。柱となる商品において、日本ではより成長することははもちろん、海外でも1位、2位を争うことができるポジションを獲得することが大切です。
また、ビューティ・パーソナルケア事業による理美容家電は、白物家電のひとつとして捉えられてきましたが、それも変化させていきたいですね。私は、これからのドライヤーは、美容商品のひとつにならなくてはいけないと思っています。むしろ、家電業界のなかでの位置づけよりも、化粧品やサロンを含めた美容業界のなかで、どんなポジションを担うべきかということを考え、その未来に向けたモノづくりを追求していきたいと思っています。たとえば、髪を美しくしたいというカテゴリーがあったときに、パナソニックのナノケアドライヤーは欠かすことができない重要な位置を占める商品である、といわれれるに進化させていきたいですね。