(前編からつづく)

セイコーエプソン(以下、エプソン)のロボティクス事業は40年の歴史を持つ。産業用スカラロボットでは12年連続で世界トップシェアを誇るなど、高い実績を誇る事業であり、同社が取り組んでいる長期ビジョン「Epson 25 Renewed」では、ロボティクス事業をマニュファクチャリングイノベーションと位置づけ、成長領域のひとつに捉えている。エプソンにとっては、新たなモノづくり現場の創出への取り組みでもあり、その実現に向けた次世代プラットフォームの開発に着手している。2024年度以降は、その取り組み成果が徐々に形になりそうだ。エプソンが描くマニュファクチャリングイノベーションの世界を追った。

  • セイコーエプソンのロボティクス 40周年の過去、現在、未来(後編) - 新たな40年へ、次世代プラットフォームへの進化

    産業用スカラロボットでは12年連続で世界トップシェアを誇る

セイコーエプソンでは、長期ビジョン「Epson 25 Renewed」において、「オフィス・ホームプリンティングイノベーション」、「商業・産業プリンティングイノベーション」、「ビジュアルイノベーション」、「ライフスタイルイノベーション」、「マニュファクチャリングイノベーション」の5つのイノベーション領域を設定している。そして、それを支える事業としてマイクロデバイスがあり、新たな事業領域として「環境ビジネス」を掲げている。

  • 「Epson 25 Renewed」において、5つのイノベーション領域を設定

そのなかでも、ロボティクス事業を担う「マニュファクチャリングイノベーション」は、成長領域のひとつに位置づけている。

エプソンのロボティクス技術、4つのポイント

エプソンのロボティスクス事業は、2021年度には過去最高の販売台数を達成。2022年度は、主力市場である中国での需要が低迷したことから出荷台数や販売金額は減少しているが、年間出荷台数は約2万5,000台~3万台の水準で推移。1社だけで、数1,000台規模で導入しているケースもあるという。2022年度のマニュファクチャリングソリューションズの売上収益は前年並305億円となり、今後も2025年度までは成長戦略を描いていることに変化はない。

  • マニュファクチャリングソリューションズ事業の業績推移

セイコーエプソン 執行役員 マニュファクチャリングソリューションズ事業部長の内藤恵二郎氏は、「エプソンのロボティクス事業が40年間に渡って変わらない点は、省エネルギーと小型化、精密な制御を実現する『省・小・精』の技術を追求しつづけてきた点である。エプソンのロボットだからこそ、他社にはできない小型なもの、精密なものを組み立てられることを追求し、そのために、高い精度で、制御できる技術を究めていった。また、精度を高めると、スピードが落ちるが、そこにも妥協はしなかった。作ったものをより多くの人に届けるためには、スビードも重要な要素である。そして、自社工場などの製造現場で培った自動化ノウハウを生かし、それを世界中のお客様に届ける姿勢も変わらない。どういう構成にすればお客様が使いやすいか、どんな技術を組み合わせればより効果が高まるのかといったことを、自分たちで徹底的に磨き上げ、それをお客様に提供している。エプソン自らの困りごとを解決することが、お客様の生産現場の困りごとを解決することに直結する」と語る。

  • 『省・小・精』の技術を追求しつづけてきた40年

現在、エプソングループ内では、約1,000台のエプソン製ロボットが使用されており、社内利用するロボットの台数は、今後も年々増加することになるという。つまり、エプソンが社内で利用するロボットの台数が増えるに従い、活用ノウハウや技術ノウハウが蓄積され、その結果、顧客に対しても、より多くの価値を提供することができるようになるというわけだ。

  • エプソングループ内では約1,000台のエプソン製ロボットが稼働

エプソンのロボティクス事業は、技術の観点からみると、4つのポイントがある。

ひとつめは、ロボットを制御する技術である。ウオッチの組立に最適なスカラロボットを開発するためには、精密な制御技術が求められる。エプソンでは、どのような動かし方でも、設定したモーターの許容範囲内に振動を抑え、ロボットを高速に、正確に動かし、これを自動で加速度調整し、自動で速度調整を行う技術を開発した。また、高速および高精度なロボット制御を実現するためには、ロボットの振動低減が重要になるが、エプソンでは、独自のジャイロセンサーによるサーボ制御を開発。「高速で、ピタッと止まる」技術を実現した。

さらに、Vibration Reduction Technology(VRT)によって、ロボットの動かし方を工夫し、ロボットの動作に起因する架台やハンド、カメラなどの振動を抑え、振動を最も低減し、低コストで自由度の高い装置設計も実現してみせた。

  • 技術の観点からみた4つのポイント

2つめは、エプソン独自のジャイロプラステクノロジーである。エプソンのコア技術である自社製水晶デバイスと、MEMS技術の組み合わせにより生まれたジャイロセンサーと、ロボットアーム先端の振動を、リアルタイムでコントローラにフィードバックするロボット制御技術により生まれた技術であり、速く動かして正確に止めることを可能にし、精密部品や電機電子部品に対して、高精度で正確なアプローチを実現する。

  • エプソン独自のジャイロプラステクノロジー

3つめが、エプソンが持つ様々な技術との融合だ。たとえば、エプソンのロボットに搭載している力覚センサーは、繊細な部品の組み立てや、狭い隙間に部品をはめ込むような精密な作業において、人の感覚をベースにした微妙な力加減を実現。「水晶圧電方式を採用した力覚センサーによって、人が精密な作業を行う際に欠かせない感覚をロボットに加えることができる」という。また、分光カメラでは、プリンティング事業などで培った色に関するノウハウを活用。小型軽量の分光カメラを採用することで、目視検査に頼っていた外観検査の自動化が実現できたりする。色のバラツキ検査や表面コーティングの確認検査などに活用でき、人の感覚に頼らない検査が可能になる。

  • エプソンのロボットが搭載する力覚センサーと分光カメラ

4つめが、プログラム開発ソフトウェア「EPSON RC+7.0」である。プログラム作成からティーチング、画像処理、力覚センサー、シミュレータ、GUIなどを一括管理できるソフトウェアだ。さらに、開発経験がないユーザーにも使いやすい「Epson RC+ Express Edition」も用意し、ドラッグアンドドロップだけでプログラミングができるようになっているという。

  • プログラム開発ソフトウェア「EPSON RC+7.0」

エプソンのロボティクス事業ならではの強みとは

エプソンは、産業用スカラロボットの販売台数で、2011年から12年連続で世界ナンバーワンシェアを維持しているが、それを支える仕組みとして見逃せないのが、グローバルに広がる販売およびサービス網の確立である。

「エプソンはプリンティング事業などで構築した全世界の販売拠点を活用し、信頼できるエプソン社員たちが提案する体制を構築することができた。たとえば、営業技術メンバーは、エプソングループ内の工場で自動化の経験を持った社員たちで構成している。その知見を生かしながら、お客様の現場にいき、課題を見つけ、それを解決するといった提案を行っている。これが、エプソンのロボティクス事業ならではの強みになっている」という。

  • グローバルに広がる販売およびサービス網

エプソンが現場で蓄積したノウハウをコンサルティング型で提案するプレサービスは、国内外ともに継続的に体制を強化。営業技術メンバーを増員しているほか、ロボットを安定稼働させるためのアフターサービスにおいては、プリンティング事業をはじめとした全世界10カ所のエプソンサービス網を活用。今後は、保守部品を長期保有し、より長い期間に渡って、エプソンのロボットを使用できる環境づくりにも取り組み、サービスの観点からも、マニュファクチャリングイノベーションの実現に貢献するという。

  • エプソンサービス網を活用し、サービスの観点からも、マニュファクチャリングイノベーションの実現に貢献する

小型や精密分野で威力を発揮するエプソンのロボットは、スマホの組立や、電気部品および電子部品の生産、リチウムイオンバッテリーや各種自動車部品を生産などでも利用されているほか、最近では、医療分野において、PCR検査キットの量産や、持ち込まれた検体を安全な環境で自動的に検査するするといった領域でも活用されているという。

2016年度~2020年度における国内市場での業種別納入実績を見ると、電気・電子部品が43%、自動車部品が17%、金属が10%、非金属が8%、食品・医薬品・衣料品が7%などとなっている。

  • 2016年度~2020年度における国内市場での業種別納入実績

ユニークな事例では、2023年3月には、31社で構成する企業チームの1社として、惣菜製造ロボットの実用化に成功。エプソンのスカラロボット「T3-B」を食品仕様に改良して、惣菜盛付に加えて、弁当盛付、蓋閉め、製品移載ができるようにした。これは、経済産業省が推進する「革新的ロボット研究開発等基盤構築事業」と、農林水産省が推進する「スマート食品産業実証事業」に採択された一般社団法人日本惣菜協会とともに取り組んだもので、食品製造業での自動化を支援し、人手不足への対応、労働生産性向上を実現することを目指している。

  • 惣菜製造ロボット

「エプソン自らは、モノづくり領域にフォーカスしていく姿勢に変わりはないが、今回の食品製造業での例のように、エプソンが持つロボティクス技術の価値を理解し、注目している業界の方々と連携する機会があれば、そこには取り組んでいきたい」という。

環境負荷に配慮した生産性と柔軟性、新たな工場づくりの提案

エプソンのマニュファクチャリングイノベーションでは、「環境負荷に配慮した生産性、柔軟性が高い生産システムを共創し、ものづくりを革新する」ことを目標に掲げている。それは、新たな工場づくりの提案でもある。

  • エプソンのマニュファクチャリングイノベーション

ひとつの電子機器を完成させようとすると、電子基板や電池、外装ケースなど様々な部品が必要になる。最終組立工程を行う工場の多くは、様々な部品を外部の工場から調達しているケースが多い。それが環境負荷やサプライチェーンの複雑化など、いくつもの課題を生んでいる。また、部品が細分化されているために人手によって組み立てる作業が多くなるという実態もある。

「エプソンが描く将来の工場の姿は、たとえば、組立工場のなかに部品工場などがあり、それらがコンパクトにつながって生産を行うことができるというものだ。その結果、モノづくりに関するCO2排出量を減らしたり、部品を移送するために必要なパッケージを無くしたり、トラックによる物流コストや時間を削減したりといったことも可能になる。コンパクトで、資源消費量が少ない工場の実現が可能になる」

ここでは、エプソンが持つ技術同士の連携も視野に入る。3Dプリンティング技術で生産した部品を活用したり、インクジェット技術によってプラスチック部品に加色したりといったことにより、細かいカスタマイズにも対応。「顧客ごとにカスタマイズした製品が求められるなかで、工場では少量多品種生産に対するニーズが高まる。コンパクトな工場の実現は、小ロット多品種生産にも適している」という。

センシング技術とデジタル技術を応用したモノづくりの自動化、小型射出成形機や3Dプリンタ、立体面印刷装置、ドライファイバー生産機などの環境負荷低減を実現する新生産装置の拡充などを通じて、マニュファクチャリングイノベーションを推進。分散生産や近消費地生産、遠隔地からの製造現場の管理およびサポートなども実現できるという。

  • エプソンが持つ技術同士の連携も視野。エプソンテックフオルムの小型射出成形機を用いて工場内で部品生産する例

ラベルプリンタで印刷した商品管理ラベルなどをエプソンのロボットで製品に貼り付けたり、小型射出成形機で完成した部品の曲面部分もインクジェットプリンタできれいに塗装したりといった組み合わせ用途も想定できる。

「マニュファクチャリングイノベーションを実現するモノづくり現場は、すべての技術が揃ってから提供するのではなく、実現できるところから踏み出していく。2025年には、かなりものが出揃うだろう。そして、エプソンが描くマニュファクチャリングイノベーションを実現した新たな工場の最終系は、2030年頃には生まれてくることになるだろう」とし、「ロボティクスを中心に新たな技術が花を開き始めている。それをひとつひとつ提供することで、生産性や柔軟性が高い生産システムを実現し、マニュファクチャリングイノベーションにつなげることができる」と述べた。

ロボティクスの次世代プラットフォームで実現する姿

エプソンは、マニュファクチャリングイノベーションの推進に向けて、次世代プラットフォームの開発に取り組んでいるところだ。

スカラロボットや6軸ロボットといったハードウェアを、新たな世代へと進化。コントローラの刷新により、処理速度の向上や接続性を強化させる。また、ソフトウェアについても将来に向けて拡張性を持ったものへと進化させ、より複雑な動きを制御するための高度なプログラミングにも対応する。さらに、AIの採用についても検討しており、力覚センサーを用いて、日々のデータから、使用している部品形状の微妙な形状変化を算出し、金型の修正につなげるといった活用や、組立工程のロボットが不良品検出を実現するといった応用も可能になりそうだ。

  • エプソン初の6軸ロボット「C3シリーズ」

セイコーエプソンの内藤事業部長は、「多くのお客様がエプソンのロボティクス技術を活用するなかで、新たなプラットフォームに一気に移行することは難しいだろう。そこで、次世代プラットフォームへの移行に向けては、お客様との対話を通じて、一歩ずつ進めているところだ。当初の計画に対しては進捗に遅れが出ているが、2024年から2025年にかけて、次世代プラットフォームに移行することになるだろう」と語る。

2023年度上期に発売するロボットでは、より安全性を高めたものへと進化する予定であり、これが次世代プラットフォームの実現に向けた大きな一歩になりそうだ。さらに、ソフトウェアも、2023年度には、現在のEPSON RC+7.0を進化させたものを投入。また、2023年秋には、次世代プラットフォームの方向性をより具体的に示すこともできるという。新たなコントローラは、2024年度にもロボットに採用することになる。

次世代プラットフォームで実現する姿のひとつが、人と協調して働く環境の実現と、そこにおける安全性の追求だ。

現在のロボットの稼働環境を見てみると、ロボットが稼働する範囲は安全柵などで仕切られ、その柵を開けた場合にはロボットが停止するというのが一般的だ。だが、次世代プラットフォームのロボットでは、人の目には見えなくても、安全性が保証されたバーチャルの安全柵が設定され、ロボットはそれを超えることがないという状況を作ったり、仮に人に接触した際にも、人が怪我をしないように停止したりといったことが可能になる。

また、次世代プラットフォームに対応したロボットなどを組み合わせることで、短期間で新たな工場を設計したり、稼働させたりといったこともできるという。

「いまは、マニュファクチャリングイノベーションにフォーカスした形で事業を進めているが、今後10年、20年という大きな流れのなかでは、エプソンのロボティクス事業が貢献できる範囲は広がるだろう。たとえば、モノを生産する場面だけでなく、人がサービスを得る部分にもエプソンのロボティクスが貢献することが考えられる。エプソンのロボットだからこそ実現できた、といわれる場面で、数多く使われることになる」としながら、「それらは、もしかしたら人目につかない場所での貢献かもしれない。だが、人々の豊かな暮らしをバックグランドで支え、人々の豊かな生活は、エプソンのテクノロジーがあるからこそ実現したと言われるような未来を描きたい。人をサポートし、社会に貢献する事業へと進化させていきたい」と語る。

40年間という長い期間に渡って事業が継続しているのは、それが世の中から求められている事業であることの証だ。エフソンのロボティクス事業は、次世代プラットフォームへの進化を直前に控え、新たな40年に向けた一歩を踏み出すところだ。