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■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」

8月6日に広島、8月9日に長崎と、日本に原子爆弾が落とされ、太平洋戦争が終結してから76年目となります。

原爆の惨禍は、日本に住む人であれば誰しも見聞きしたことがあるでしょう。

原爆、許すまじ!

しかし、日本でも当時原爆開発が成されていたことは知る人ぞ知るところ。

その衝撃の事実を基に作られた映画が『映画 太陽の子』です。

日本の原爆開発をめぐる青春群像劇『映画 太陽の子』

1945年、京都帝国大学物理学研究室で「F研究」と呼ばれる原爆の研究開発が進められていました。

本作の監督・黒崎博はその事実を記した若き科学者の日記の断片に偶然触れて衝撃を受けるとともに、そのような時代の中でも確実に青春の日々があったことを痛感させられ、本作の企画に至り、およそ10年の月日を経てついに映画化を達成。

まずは2020年にTVドラマを作り(ギャラクシー賞受賞)、そこからさらに30分以上もの大幅なシーンを追加&再編集、ハリウッドスタッフを迎えて音響デザインを整え、主題歌に福山雅治を起用するなどして、これを完全なる“映画”として屹立させていきました。

『映画 太陽の子』は、事実を基に3人の若者をメインとする青春映画として構築されています。

大学内で研究開発に没頭する若き化学者・石村修(柳楽優弥)、その弟で戦地から一時帰郷してきた裕之(三浦春馬)、ふたりの幼馴染・朝倉世津(有村架純)。

『映画 太陽の子』より ©2021 ELEVEN ARTS STUDIOS / 「太陽の子」フィルムパートナーズ

フランス映画の名作『冒険者たち』さながら、「あいつが好きなの、お前だよ」「何言ってんだよ、お前のほうだよ」的な男ふたり女ひとりの麗しき映画ならではの三角関係を横軸に据えることで、本作は過酷な戦争下においても確実に青春の息吹があり、日常があったことを伝えてくれます。

(若手俳優3名とも好演。三浦春馬に関しては、こうやっていつまでも映像の中で会えることをせめてもの救いとしつつ……)

『映画 太陽の子』より ©2021 ELEVEN ARTS STUDIOS / 「太陽の子」フィルムパートナーズ

そして、その上で本作は日本の原爆研究開発の実態を知らしめてくれているのです。

–{原爆を落とした側と落とされた側、それぞれの苦悩}–

原爆を落とした側と落とされた側、それぞれの苦悩

日本の原爆開発と聞くと、映画ファンならアメリカの原爆開発「マンハッタン計画」の全貌を描いた1989年の映画『シャドー・メーカーズ』のことを思い起こす方もさぞ多いことでしょう。

日本では刺激的すぎる題材ゆえに劇場公開が見送られた超大作ですが、いざ見てみると(現在DVDで鑑賞可能)、『キリング・フィールド』『ミッション』のローランド・ジョフィ監督が“悪魔の兵器”たる原爆の開発に科学者チームが葛藤し苦悩していくさまを真摯に描いています。

『映画 太陽の子』と『シャドー・メーカーズ』を見比べると日米の開発技術の差が歴然で、日本がようやく1歩進んだときにアメリカは10歩も100歩も先をいっている事実を痛感させられます。

物資の調達ひとつとっても、日本は民間の陶芸工房から染料となるウランを調達していたことが明かされますが(戦時下、工房では無地の骨壺ばかりを作らされていて、染料を必要としていなかったのです)、そうした現実の中でも主人公の修は「新型爆弾が完成すれば戦争を終わらせることができる」という想いで研究に没頭していきます。

また、ここでの修は実験中に空襲が来てもお構いなしといった完全なる科学オタクで、α線が危険なのを百も承知で「緑色の綺麗な光を見てみたい」と目を輝かせる、そんな良くも悪くも徹底したピュアな研究者を柳楽優弥が見事に体現してくれています。

『映画 太陽の子』より ©2021 ELEVEN ARTS STUDIOS / 「太陽の子」フィルムパートナーズ

もっとも、修にしても他の仲間たちにしても、原爆がどういった破壊力をもたらすかまでは、理論的に理解していても実感しきれてはいません。

結局彼らが原爆の恐ろしさ、おぞましさに気づくのは広島と長崎に原爆が落とされ、その惨状を目の当たりにしてからなのでした……。

なお、戦後30数年後、日本で原爆を作った男の映画(もちろんフィクションですが)『太陽を盗んだ男』(79)が作られています。

平凡な中学教師(沢田研二)が見よう見まねで原爆を作り、日本政府を脅迫していくという内容ですが、その要求の数々がいかにも戦後の日本を象徴しているような唖然としたもので(ちなみにこの要求、今ではすべて現実に成し遂げられています)、胎内被曝者でもある長谷川和彦監督の社会に対する辛辣なメッセージが見事にエンタテインメントとして炸裂した日本映画史に残る一大快作でした。

(それにしても『太陽を盗んだ男』『太陽の子』と、どちらも「太陽」なるキーワードが用いられているのも、なにやら皮肉めいていますね)

–{『8時15分ヒロシマ』『祈り』原爆をモチーフとした映画はこれからも}–

『8時15分ヒロシマ』『祈り』原爆をモチーフとした映画はこれからも

さて、本作以外にも原爆をモチーフにした映画は今年もお目見えしています。

現在公開中の『8時15分ヒロシマ 父から娘へ』もその中の1本。

これは本作のエグゼクティブ・プロデューサーでもある美甘章子(みかもあきこ)さんが、1945年8月6日の広島で被爆した父・美甘進示さんの壮絶な体験を聞き取り、2013年に書籍化したものを原作に、J,R.ヘッフェルフィンガー監督のメガホンで映画化した中編作品です。

当時を再現したドラマ・パートが秀逸な仕上がりで、惨状の中から必死に生き延びる事が叶った者の凱歌みたいなものが静謐に訴えられています。

後半は美甘親娘のドキュメント映像へ転じていきますが、そこでも進示さんの語る柔らかながらも重みのある一言一言に驚きと感銘を受けること必至でしょう。

(それにしても広島に原爆が投下された午前8時15分と、玉音放送によって日本のポツダム宣言受諾及び無条件降伏が国民に告げられた8月15日、こうした数字の相似は一体……?)

2021年8月20日からは松村克弥監督、高島礼子&黒谷友香主演『祈り―幻に長崎を想う刻―』も公開されます。

これは長崎に投下された原爆によって外壁の一部を残して崩壊した「東洋一の大聖堂」浦上天主堂を撤去するか被爆遺跡として保存するかで議論がなされる中、忽然と姿を消した被爆マリア像をめぐる田中千禾夫の戯曲「マリアの首」の映画化です。

「長崎を最後に原爆投下はあってはならない」と願う想いが、今や戦後どころか戦前の様相すら帯び、さらには原発問題も改めて浮き彫りになって久しい昨今、映画を通して少しでも多くの人々の胸に届いてほしいと祈るばかりです。

 (文:増當竜也)