「これまでの『日立=伝統的』というイメージから脱し、今後は、『新たなソリューションビジネスに取り組んでいる会社』というイメージを持ってもらいたい」――日立グローバルライフソリューションズ(日立GLS)の伊藤芳子常務取締役兼COOはこう語る。

日立グループで家電事業を担う日立GLSは、約9兆円の連結売上高を誇る日立グループのなかで、生活者との接点を持つ貴重な企業であり、生活者のライフデータを得るために、重要なコンタクトポイントに位置する企業だともいえる。

日立グループ全体としても、データを活用したビジネス成長は、Lumadaに代表されるように「1丁目1番地」の取り組みであり、日立GLSの家電事業の成長においても、ライフデータの活用は不可欠になりつつある。

そして、ライフデータの活用や新たなライフソリューション事業の拡大において、鍵を握る一人が、2020年7月に日立GLS入りした伊藤常務取締役兼COOである。現在、国内家電事業全般を統括するともに、2021年7月に合弁会社設立を完了したトルコのアルチェリクとの海外家電事業の推進などに取り組んでいる。伊藤常務取締役兼COOに話を聞いた。

  • 伝統から革新へ、日立GLSがコネクテッド家電で目指すビジネス再構築の姿

    日立グローバルライフソリューションズが挑む革新とは? 伊藤芳子常務取締役兼COOにお話を伺った

モノ売りから脱却し、ソリューションを価値として売る方向へ

伊藤常務取締役兼COOは、外資系戦略コンサルティング会社で約10年間勤務したあと、HOYAのアイケア事業部長、コニカミノルタ マーケティングサービスでGlobal COOなどを経て、2020年7月に日立GLSに入社。2021年4月から現職に就いている。

日立GLSに、役員クラスで外部から入社するのは初めてのことだ。

「変革をリードすることが私のミッション。モノ売りから脱却して、モノ+サービスをビジネスモデル化し、ソリューションを価値として売る方向へとシフトする。効率化を含めた業務効率化だけに留まらず、新たなサービス事業をドライブしていくこと、海外家電事業のアルチェリクとのシナジー創出も、私の役割になる」とする。

伊藤常務取締役兼COOはは、CGO(チーフ・グロース・オフィサー)や、トランスフォーメーション室の室長も兼務する。

「日立はこれまでに良い製品を作って、お客様に届けることをミッションにしてきた。実際、私も、掃除機といえば、これまではダイソンしか考えられなかったが、日立の掃除機はその概念を崩してくれた。重量の軽さ、足回りの軽さには、一人のユーザーとして素直に驚いた」と自らのエピソードを披露しながら、「今後は、強いモノ(商品)を売るだけでなく、サービスやソリューションを通じて、お客様の悩みごとを解決する。これが社名にあるライフソリューションが示す部分である」とする。

そして、「私のキャリアを振り返ると、ハードウェアよりも、サービスやソリューションに携わった期間の方が長い。長年、モノを売ることに関わってきた人が描くビジネスモデルと、サービスを主体にビジネスをしてきた人が考えるビジネスモデルには、かなりの違いがある。ひとつのモノを、様々な方向から見て考える手法は、これまでの経験によるものである。むしろ、サービスを売るために、モノが売れればいいというぐらいの考え方をしている。これが日立GLSのなかでは新鮮に捉えられている」と笑う。

「2、3年でソリューション事業を立ち上げる。それ以上の時間をかけると、私が日立GLSに参画した意味がなくなる」とも断言する。

「伝統」を理解し、大事にしながら「うねり」をつくる

伊藤常務取締役兼COOが、入社前に持っていた日立のイメージは、「戦略が明確で、真面目で、質実剛健」というものだ。

「そのイメージは、実際に入社してからも変わっていない。日立GLSも、行くべき方向性が明確になったときのドライブ力、団結して同じ方向に進むドライブ力が強い。これは、日立GLSの強みであり、良いところである。そして、外から来た人から学ぶといった多様性も持っている」とする。

その一方で、「これまでの『日立=伝統的』というイメージから脱し、新たなソリューションビジネスに取り組んでいる会社というイメージを打ち出したい」とも語る。

「ただ、これは伝統的であることが、ネガティブな要素だというわけではない。私は、伝統的な価値観を理解し、それを大事にしながらも、新たな方向に移っていく『うねり』を作っていけたらいいと思っている。伝統と新たなものを融合させたい」と語る。

日立の創業精神は、「和(ハーモニー、)」、「誠(シンシアリティ)」、「開拓者精神(パイオニア)」である。

「それらは、まさに伝統のなかで培われたものである。新たなものとどう融合していくことが、日立の外から入ってきた私のミッションである」とする。

伊藤常務取締役兼COOは、日立GLSに入社後、本部長以上の中途採用者を対象にしたグローバル研修を通じて、日立製作所の歴史や精神などを学んだという。

「誠という言葉には、日立がお客様に真摯に向き合う姿勢が込められている。とくに、これは大事にしていきたい。お客様に対する価値はなにかということを、日立の精神に則って、常に考えていきたい」とした。

日立GLSが掲げている今後の方向性では、コネクテッド家電によるルーチン家事のサポート、家族型ロボットのLOVOTを提供するGROOVE Xとの資本提携を通じた成果の創出などのほか、暮らし、ウェルネス、ヘルスケア、環境分野でのオープンな協創によって、Lumada事業のさらなる創出などを目指すことになる。そして、これらを実現するには、ライフソリューション事業の拡大がベースになる。

その方向性を実現するためのひとつの施策としてあげたのが、「主要製品のコネクテッド化」である。

着々と進む「主要製品コネクテッド化」の取り組み

「主要製品のコネクテッド化」では、すでにいくつかの事例があがっている。冷蔵庫では離れた場所からスマホで運転状況を確認したり、洗濯機では洗剤や柔軟剤の残量が少なくなったら、自動再発注したり、電子レンジでは、アップデートによるレシピの追加や食品メーカーなどとの共同開発メニューの追加などが可能になっている。また、ロボット掃除機もAIスピーカーであるAmazon Alexaを通じて音声操作が可能だ。

また、新製品開発のアイデアに家電の使用データなどを活用していることも明らかにする。「家庭内の家電製品がタッチポイントとなり、人々の生活を理解することで、ペインポイントをハード+ソリューションでどう解決していくのかに取り組んでいる」とする。

そして、「コネクテッド家電の構成比を単に増やすだけでなく、コネクテッド家電をベースにした新たなソリューションを構築していきたい」とも語る。

次のステップでは、使っている状況に応じて、最適なアドバイス情報をプッシュで発信するといったことも検討しているという。

「2022年には、コネクテッド家電によって実現する新たなソリューションを発表したいと考えている」と語る。

コネクテッド家電の新たな取り組みとして注目を集めているのが、スマートストッカーである。

  • フードロスの削減にも貢献する「スマートストッカー」の取り組み

スマートストッカーは、2021年3月に発売。冷蔵庫や冷凍庫として利用ができる。重量センサーを庫内の2段目と5段目に搭載し、常にストックしたい食品などを登録すると、スマホアプリに残量を表示して、補充の購入を促す。健康のために常備しておきたい野菜ジュースや、切らすと困ってしまう米、まとめて購入することが多い水など、常にストックしたい食品や飲料に最適だ。外出先でもストック状況を確認して購入できるほか、よく使用するECサイトを登録しておけば、アプリの「購入する」ボタンを押すだけでECサイトから購入できる。

「スマートストッカーは冷蔵庫の機能を持った家電だが、冷蔵庫の機能ではなく、価値で売り出すことにトライした最初の製品。複数のフードサプライヤーと連携したPoCを実施し、自動発注をはじめとした様々なソリューションの提供を検討している」とする。

たとえば、スマートストッカーをオフィスや工場などに設置し、給食委託会社などとの協業により、リモートからの在庫状況や供給状況を検知。適量を補充したり、健康飲料メーカーとの連携により、工場やオフィスの勤務者の健康測定情報と、スマートトスッカーが提供する健康飲食情報を組み合わせて、従業員の健康促進を支援するといったソリューションの提供である。

日立GLS社内でも、3台のスマートストッカーを配置し、8月23日からPoCを実施。冷凍食品や健康飲料を入れ、使用量を検知し、ログ情報を蓄積。ビジネスソリューションの創出につなげるための問題点の抽出や、効果検証を行っているところだ。

「スマートストッカーは、無駄な買い物を防ぐことができ、フードロスの削減にもつながる。さらに、アプリを活用することで、食品が余っているところから、足りないところに循環するといった、おすそ分けも可能になる。地域社会への貢献や、環境にやさしいモノづくりへと進化させることにもつながる。コネクテッド家電を通じて、日立GLSが、社会にどんな貢献ができるのかを考えていきたい」とする。

デジタル化、海外展開、グリーン施策、日立GLSのスピード感

日立GLSは、2021年7月に、トルコのアルチェリクとの合弁会社であるArcelik Hitachi Home Appliances(AHHA)を設立。約3カ月を経過したところだ。

日立GLSの海外グループ会社11社を移管して設立した同社は、タイのバンコクを本拠地に、日立ブランドの白物家電を海外で展開することになる。AHHAには、日立GLSの谷口潤社長と、伊藤常務取締役が、取締役として経営に参画している。

資本比率は日立GLSが40%とマイノリティだが、これは白くまくんシリーズを展開するルームエアコンなどの空調事業において、ジョンソンコントロールズと設立した合弁会社の出資比率と同じだ。空調事業の成功事例をもとにした出資比率で、アルチェリクとも合弁会社を設立したことになる。

「現在、100日プランを実行している。アルチェリクが持つBekoブランドの家電事業を活用したコスト削減や効率化、販売網でのシナジーなどを期待している。この3カ月間の立ち上げは順調に行っている」とする一方で、「アルチェリクが持つ家電製品を、日本市場に展開することも次期中期経営計画では視野にいれたい」と述べた。

  • ジョンソンコントロールズに続き、トルコのアルチェリクとも合弁会社を設立

  • 「オープンなエコシステム」で、海外での日立ブランド強化を狙う

日立グループでは、2025年度を最終年度とする次期中期計画「2025中期経営計画」を策定しているところだ。

そのなかで、日立製作所の小島啓二社長は、「経営のシンプル化」「経営のデジタル化」「経営のグローバル化」を盛り込む考えを示す一方、「ユースケースやソリューションをLumadaに蓄積し、競争力のあるソフトウェア資産にしていくことが基本戦略になる」と語っている。

伊藤常務取締役兼COOは、「日立GLSは、とくにデジタル化を積極的に進めたいと考えている。この基軸になるのが、コネクテッド家電である。ここから得られた生活者のライフログデータを、どう活用していくのかがポイントになる」とする。

また、Lumadaに関しては、「日立GLSでも、Lumadaをコア事業に捉える」とし、すでに工場やオフィスの空調分野における予兆診断サービスのexiidaや、単身高齢者向けの見守りサービスのドシテルを提供していることを示しながら、「今後も、プロダクトやソリューションの観点から取り組みを進め、Lumada事業への貢献を進めたい」と述べた。

  • 日立GLSは「ライフソリューション」の企業へ。軸となるのが「Lumada」だ

また、グリーンという観点からの取り組みにも言及した。

「再生材の利用などによる資源循環、CO2排出量削減などによるカーボンニュートラルへの取り組みを進める。日立GLSでは、冷蔵庫の開発、生産を行っている栃木県大平町の栃木工場の敷地内に、家電のリサイクルを行う関東エコリサイクル(KAREC)がある。こうした取り組みも、グリーンに貢献することになる」とした。

日立GLSは、この数年に渡って、体制を大きく変更させ、企業体質も変えてきた。

そうした流れののなかで、外部人材である伊藤常務取締役兼COOが、日立GLSにさらなる「うねり」を作りだし、ライフソリューションを基軸にしたビジネスモデルの企業へと、どんなスピード感を持って、どう変革していくのか。これからの取り組みが注目される。