クアルコムが次期Snapdragonに関する発表を行うイベント「Snapdragon Summit 2022」を開催し、その中でARヘッドセットに特化したチップセットのプラットフォーム「Snapdragon AR2 Gen 1」を公開しました。
Niantic(ナイアンティック)も同じイベントでクアルコムのパートナーとしてステージに立ち、ソフトウェアとハードウェアの双方で協業を深める方針を発表。初のSnapdragon AR2 Gen 1をベースにしたワイヤレス仕様のアウトドア用ARヘッドセットのリファレンスデザインを披露しています。
Snapdragon初のARヘッドセット開発プラットフォーム
クアルコムはこれまでにも、「XR(VR:仮想現実、AR:拡張現実、MR:複合現実)」に特化したSnapdragon XR Platformを、ハードウェアを開発する企業やデベロッパーに提供してきました。また2022年からは、ARのコンテンツを開発するデベロッパー向けキット「Snapdragon Spaces XR Developer Platform」を公開しています。
今回新たに加わるSnapdragon AR2 Gen 1(以下、Snapdragon AR2)は、Snapdragon XR Platformとは別途切り分けて、新たにプレミアムクラスのARヘッドマウント開発向けに特化したプラットフォームです。
Snapdragon AR2 Gen 1の特徴は、薄型で軽いARヘッドセットを実現するために、カスタマイズされたIPブロックと組み合わせたマルチチップ構成の分散処理型アーキテクチャを採用したところにあります。
また、Wi-FiとBluetoothの無線通信を統合するサブシステム「Qualcomm FastConnect 7800」が組み込まれることによって、ワイヤレス対応のARヘッドセットが開発できることも注目すべきポイントです。Qualcomm FastConnect 7800は、今回のイベントで発表されたモバイル向けチップセット「Snapdragon 8 Gen 2」も採用しています。
Snapdragon AR2は、クラウド通信といった負担のかかる処理をヘッドセットが単体で引き受けるようなアーキテクチャとはしていません。カメラとAIによるコンピュータービジョン、知覚データの解析、ヘッドセットのディスプレイに映像を出力する役割――などを分散して担うことを想定しています。
複雑なデータ処理については、Snapdragonを搭載するスマホやPCといったホストデバイスへオフロードしながら(Wi-Fiでペアリング)、より高度なAR体験を創出します。
「小型軽量・低消費電力・ワイヤレス」など多彩がメリットがもたらされる
Snapdragon AR2のマルチチップ・アーキテクチャは、大きく分けてARプロセッサー、ARコプロセッサー、接続プラットフォームによって構成されます。
知覚データの解析処理とディスプレイ出力を担うメインプロセッサーは、ガラス上のPCB面積をSnapdragon XR2 Platformのものから約40%削減しています。
ARコプロセッサーは、カメラから入力された視覚情報を元にした視線トラッキングやコンピュータービジョン解析を行うAIエンジン、そのほか各センサーの情報を束ねる役割を担います。接続プラットフォームはWi-Fi 7、Bluetooth 5.3にも対応しています。
システム全体ではSnapdragon XR2 Platformよりも約2.5倍高いAIパフォーマンスを実現しながら、消費電力は半分に引き下げています。クアルコムは消費電力が1W未満のARヘッドセットが実現できるとしています。
チップセットの基幹部品をヘッドセットの各所に分散させて配置できることにより、チップセットがデバイスの特定箇所のフットプリントを占有してしまうことがありません。従って開発者には、メガネ型のウェアラブルデバイスを比較的スリムに作れるメリットが生まれます。「装着感のよいARヘッドセット」が増えれば、コンシューマーのARエンターテインメントに対する興味関心も一段と高くなるはずです。
ソフトウェア開発キットとの両輪でデベロッパーを支援
Snapdragon AR2のプラットフォーム自体は、最大9台までのカメラをデバイスに搭載して、遅延を抑えながら膨大な画像情報を処理するパフォーマンスを備えているといいます。Snapdragon AR2をベースにパフォーマンスと装着性の最適なバランスを取り、しっかりとしたコンセプトを立てて魅力的なデバイスに仕上げられるかは、デベロッパーの腕前にかかっています。
またSnapdragon AR2は、クアルコムが2022年から提供を始めたXRのソフトウェア開発キット「Snapdragon Spaces」にも最適化されています。メーカーなど多くのデベロッパーは、クアルコムのARヘッドセット開発に関わるハードウェアとソフトウェアの資産を活用しながら、開発の負担軽減やスピードアップを図ることができます。
クアルコムのXR部門で責任者を務めるHugo Swart氏は、「VR/MR系のデバイスとは、技術的あるいはプロダクトデザイン的な観点から求められる要件は異なっている。ARヘッドセットを開発する際に、デベロッパーが直面する独自の課題を解決し、スタイリッシュでパワフルなデバイス開発を、クアルコムとしてハードウェアとソフトウェアの双方から支援したい」とコメントしています。
クアルコムのARヘッドセットに特化した新プラットフォームを活用した製品開発には、早くもレノボやNreal、OPPO、Vuzix、シャープなど、これまでもクアルコムと密接に連携してきたパートナーが熱烈な関心を寄せています。
マイクロソフトのMR開発にも追い風
マイクロソフトは、クアルコムが提供するSnapdragonのXR系プラットフォームによって、おもに産業用途向けのデバイスとソリューションを開発する主要パートナーです。
Snapdragon Summitのステージにゲストスピーカーとして招かれたマイクロソフトのRuben Caballero氏は、Snapdragon AR2の発表を受けて「オフィスや家庭でのハイブリッドワーク、医療の現場などに用いられるARヘッドセットが持つ可能性の限界を超えるものになる」と期待を寄せています。
今後は両社によるパートナーシップをさらに強化しながら、コンシューマーからエンタープライズまで幅広い用途に、XR/AR/MR関連のソリューションを共同展開することを宣言しました。
マイクロソフトも独自に、Unityベースの開発プラットフォーム「Mixed Reality Toolkit」を展開してきました。現在は第3世代のプラットフォームを提供しています。マイクロソフトのGrace Hsu氏もまた、今後はアプリケーションの開発環境についてもクアルコムのSnapdragon Spacesと連携しながら、デベロッパーの開発支援を強化する方針を語りました。
ナイアンティックはコンパクトに畳めるワイヤレスARヘッドセットの試作を披露
ナイアンティックのビジネス・ARヘッドセット部門の責任者であるMaryam Sabour氏も、Snapdragon Summitのステージにゲストスピーカーとして立ちました。同社の「Lightshipビジュアルポジショニングシステム(VPS)」とクアルコムのSnapdragon Spacesの連携戦略、ならびにSnapdragon AR2によって装着性を高めたアウトドア用ARヘッドセットのリファレンスデザインを発表しました。
ナイアンティックは、多くのコンシューマーがARエンターテインメントを屋外用のARヘッドセットを使って楽しめる環境の実現に注力してきました。Lightship VPSは、屋外でARコンテンツを楽しむユーザーの現在位置と体の向きを判定し、3D ARマップ情報を元にコンテンツをセンチメートル単位で表示しながらリアルなAR体験を提供する、ナイアンティック独自のプラットフォームです。Lightship VPSを活用したARコンテンツは、外部のデベロッパーからも続々とリリースされています。
Sabour氏は、「Lightship VPSは現在、スマホなどモバイル端末での使用に限られている。2023年以降はクアルコムのSnapdragon Spaces、ハードウェアの開発プラットフォームの両方と連携を深めながらヘッドセットにも対応を拡大。クアルコムと連携してARエンターテインメントのオープンスタンダードを確立し、将来はSnapdragonを搭載するすべてのデバイスでARエンターテインメントが楽しめる環境を作りたい」と意気込みを伝えました。
壇上でSabour氏が披露したのは、ナイアンティックが開発を進めるアウトドア用ARヘッドセット。ワイヤレス接続を基本とするケーブルレスデザインです。カラーはホワイトを基調とするテキスタイル素材をあしらっています。1〜2時間ほどの比較的長い時間の使用時に、ストレスを感じないよう本体の質量は250g以下を目指すといいます。
ヘッドバンドを折り曲げると全体のサイズがコンパクトになります。ナイアンティックのサイトには、リファレンスデザインのヘッドセットを装着してARコンテンツを屋外で楽しむイメージを紹介する動画が公開されています。
Sabour氏は、今回発表したARヘッドセットのリファレンスが「最終仕様のデザインではないが、商品化に向けて本格的に試作を進めているプロトタイプ」であることを強調しています。
クアルコムのSnapdragon AR2プラットフォームが出てきたことで、ナイアンティックが披露したリファレンスデザインのように、「誰でも気軽に楽しめるAR」を身近するデバイスの誕生が促進されるのでしょうか。今後の動向がとても楽しみです。
著者 : 山本敦
やまもとあつし
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