昨年のCOMPUTEXでその存在が発され、今年のCESでは具体的に製品構成も紹介されたRyzen 7 5800X3Dであるが、やっとその実機を評価する事が可能になったので、色々不明だった点も含めてまとめてご紹介しつつ、評価結果をお届けしたい。
分子間力で64MB Cacheを積層
さて簡単なおさらい。Ryzen 7 5800X3Dは、既存のZen 3のダイ(81平方mm)の上に、64MBのL3 SRAMダイ(41平方mm)を積層する形で実装される。これはTSMCのSoIC-F2Fを利用して製造される形で、実は既存のZen 3は当初からこのL3 SRAMを積層するために必要なTSVが実装されていた。なので、後追いでL3 SRAMを搭載するだけで3D V-Cache搭載Zen 3が出来上がるという寸法だ(Photo01)。ちなみに回路的にどう繋ぐか、という話は今年のISSCCで発表されているので、また折を見てご紹介したい(今回は時間の関係でそこまで言及していると間に合わなくなるので割愛させていただく)。それはともかくとして、ISSCCでも発表されなかったのは、物理的にどう2つのダイを繋ぐか、である。同社はこの接続をHybrid Bondと呼んでおり、TSMCはSoIC Bondと呼んでいる技法だが(Photo02)、MicroBumpなどと接続方法が異なるという以上の話が無かった。ところが3月29日に同社のYouTubeの公式チャネルにおいて、この辺りの仕組みを同社のRobert Hallock氏が説明した。10分ほどの短い動画であるが、この4分40秒あたりから接続方法の説明があり、分子間力を使っての接続である、という事が公式に明らかにされた。
分子間力を使って3D Stackingの接続を行うという技法そのものは以前からも研究されている。要するに接触面を「極めて」平滑にすると、分子間力で2つの接点が堅固に接続されるという仕組みである。ちょっと古い話だが2016年の安藤先生の記事でも、タングステンのVIAの両端にアルミの電極を付けて、分子間力で上下の接続を行う技法が紹介されている。とは言え商用製品ではこれが最初の実用例である。なるほど、熱などの影響で材料に歪が出た場合には、この方式だと接触が切れてしまう可能性がある訳で、動作周波数をやや下げると共にOCを無効化したのも無理ないところである。
ちなみにOCであるが、厳密に言えばXモデルらしくOC動作は可能である。ただしその対象はMemoryとInfinityFabricの速度のみであり、CPUコアの動作周波数に関してはOC対象外である。
さてこのRyzen 7 5800X3D、米国での推奨小売価格は$449で4月20日から発売開始とされていたが(Photo03)、日本においては4月22日(金)の午前11時に発売開始で、日本における販売価格は\65,300(税込)との事である。原稿執筆時点におけるRyzen 7 5800Xの日本Amazonの価格は\45,930であるが、2020年11月に筆者が購入した時には\69,800だったことを考えれば、それほど高いとは言えない価格である。
なお対応マザーボードであるが、基本的にはRyzen 5000シリーズに対応しているマザーボードで、AGESA 1.2.0.6b以降のBIOSを搭載していれば問題なく利用できるとする(Photo04)。実際、今回利用したASRock X570 Pro4の最新BIOSはAGESA 1.2.0.6b対応のVersion 4.30だったが、問題なく認識した(Photo05)。
評価機材
ということでいよいよお待ちかねのベンチマーク編。まずパッケージだが、右上の”AMD 3D V-Cache Technology”のロゴ以外は普通のRyzen 7 5000シリーズである(Photo06)。このロゴは上面からも確認できる(Photo07)。パッケージにはこのブリスターパックと、後は説明書が入っているだけなのは従来に同じ(Photo08)。チップそのものはAM4対応CPUという感じで、ロゴとOPN以外には特に差は見られない(Photo09)。
CPU-Zでの認識結果はこんな感じ(Photo10)。以前Ryzen 7 5800Xを評価した時のものと比べると
- Steppingが0→2に
- RevisionがB0→VRM-B2に
それぞれ変化している。Revisionの方は3D V-Cacheの搭載が関係していそうだが、Steppingの0→2の変化で何が変わったのかちょっと興味ある。勿論Windowsからは正常に認識された(Photo11)。
今回の評価環境は表1に示す通りだ。比較対象は、3D V-CacheなしのRyzen 9 5800Xと、それとAMDがRyzen 7 5800Xを”World’s First Gaming Desktop Processor”としてCore i9-12900Kと比較しても十分高速、と示している(Photo12)ことから、Core i9-12900Kも用意した。
■表1 | ||
---|---|---|
CPU | ・Ryzen 7 5800X ・Ryzen 7 5800X3D |
・Core i9-12900K |
Motherboard | ASRock X570 Pro4 | ASUS Prime Z690-A |
BIOS | Version 4.30 | BIOS 0703 |
Memory | CFD W4U3200CM-16G×2 DDR4-3200 CL22 |
Micron CMK32GX5M2A-4800C40×2 DDR5-4800 CL40 |
Video | NVIDIA GeForce RTX 3080 Ti Founder Edition GeForce Driver 512.15 DCH WHQL |
|
Storage | Seagate FireCuda 520 512GB(M.2/PCIe 4.0 x4) (Boot) WD WD20EARS 2TB(SATA 3.0)(Data) |
|
OS | Windows 11 Pro 日本語版 21H2 Build 22000.556 |
グラフ中の表記は
- R7 5800X:Ryzen 7 5800X
- R7 5800X3D:Ryzen 7 5800X3D
- i9-12900K:Core i9-12900K
となっている。また本文中の解像度表記は、いつものように
- 2K :1920×1080pixel
- 2.5K:2560×1440pixel
- 3K :3200×1800pixel
- 4K :3840×2160pixel
とさせていただいた。
◆PCMark 10 v2.1.2535(グラフ1~6)
PCMark 10 v2.1.2535
UL Benchmarks
https://benchmarks.ul.com/pcmark10
まずはスタンダードなところでこちらを。グラフ1がOverallだが、正直言ってこの程度のアプリケーションでは96MBのL3のメリットはほぼ感じられないようだ。Ryzen 7 5800X3DはRyzen 7 5800Xと比べても若干ながら動作周波数が下がっており、これがそのままスコアに素直に反映されている格好。勿論コア数が遥かに多いCore i9-12900Kの方がスコアが上なのは当然の事である。
Test Group(グラフ2)で見ると、やはりどのテストでもあまり96MB L3のメリットが見えてこない。Test Group毎の結果(グラフ3~5)で見ると、グラフ4のSpreadsheetsのみ、Ryzen 7 5800X3DがRyzen 7 5800Xを上回っているが、確かにこういう数値計算以外ではメリットを感じるのは難しそうだ。これはOffice 365を使ってのテスト(グラフ6)も同じである。
◆Procyon v2.0.399(グラフ7~10)
Procyon v2.0.399
UL Benchmarks
https://benchmarks.ul.com/procyon
次はProcyonの結果を。Overall(グラフ7)で見ると、Photo EditingではRyzen 7 5800X3DがRyzen 7 5800Xを上回る結果だが、あとは概ね同じというか、そう変わらないというか。
ただOffice Productivity(グラフ8)では、ExcelとOutlookではRyzen 7 5800X3Dの方がRyzen 7 5800Xよりもスコアが上で、またWord/Powerpointでも動作周波数の比ほど性能差が無いあたりは、ある程度処理が重くなるとメモリを利用する量が増え、そうなると96MB L3の効果が出て来ていると考えられる。またPhoto Editing(グラフ9)に関して言えば、実際に生の結果(表2)見ると何か一つが高速化、というよりは全体的に高速化している格好である。ちなみにこの数値は各々の処理に要する所要時間で、なので小さいほど高速である。つまりRyzen 7 5800X3Dは、Core i9-12900Kにはやや及ばない(流石にDDR5は高速だ)ものの、Ryzen 7 5800Xよりは性能を確実に向上できている事が見て取れる。
ただし、L3を増量しただけでなんでも高速化できるわけでもない、と言うのがグラフ10の結果であって、こちらはH.264/H.265の動画をAdobe Premier ProでExportする際の所要時間(なので数値が小さいほど高速)だが、もう御覧の通り動作周波数とコアの数で決まってる感じで、残念ながら96MB L3の効果は全く見られないとしても良い。まぁアプリケーションを選ぶ、というのはその通りだと思う。
■表2 | |||
---|---|---|---|
Image Retouchig | Ryzen 7 5800X | Ryzen 7 5800X3D | Core i9-12900K |
SaveAs | 58.42 | 54.06 | 46.43 |
FlattenImage | 0.63 | 0.56 | 0.69 |
LoadImage | 0.43 | 0.41 | 0.39 |
AdjustFilters | 0.99 | 0.93 | 0.75 |
ExportImage | 6.19 | 5.70 | 5.14 |
AdjustGpuFilters | 7.11 | 6.20 | 5.86 |
単位:sec | |||
Batch Processing | Ryzen 7 5800X | Ryzen 7 5800X3D | Core i9-12900K |
FaceDetect | 4.02 | 4.02 | 4.01 |
Import | 3.13 | 2.82 | 2.71 |
PreviewGeom | 0.52 | 0.46 | 0.40 |
ApplyPresetsGeom | 0.49 | 0.43 | 0.36 |
EditImagesGeom | 1.99 | 1.75 | 1.31 |
SmartPreview | 4.15 | 3.63 | 2.42 |
Export | 29.12 | 20.37 | 16.38 |
EnhanceDetails | 1.82 | 1.70 | 2.04 |
単位:sec |
◆CineBench R23(グラフ11)
◆POV-Ray V3.7.1 Beta9(グラフ12)
◆TMPGEnc Video Mastering Works 7 V7.0.19.21(グラフ13)
CineBench R23
Maxon
https://www.maxon.net/ja/cinebench
POV-Ray V3.7.1 Beta9
Persistence of Vision Raytracer Pty. Ltd
http://www.povray.org/
TMPGEnc Video Mastering Works 7 V7.0.19.21
ペガシス
http://tmpgenc.pegasys-inc.com/ja/product/tvmw7.html
こちらもおなじみのものだが、あまりに傾向が一緒なのでもうまとめてご紹介。とにかくこれらはコアの数と動作周波数に比例する傾向があり、逆に言えばL3を増量しても理屈的に効果が薄い。そして実際に効果は殆ど見られないでいる。もっとも正確に言えば効果が無いわけではなく、意外にも割とL3が大きな役割を果たしていた事が後で判るのだが、この話は後ほど。ただ性能に着目する限りにおいては、96MB L3の効果は非常に薄いと言わざるを得ない。
◆3DMark v2.22.7336(グラフ14~17)
3DMark v2.22.7336
UL Benchmarks
https://benchmarks.ul.com/3dmark
では3Dだとどの程度効果があるのか? ということでまずは3DMarkを。グラフ14がOverallだが、もう御覧の通りに「差が無い」。強いて言えばNightRaidなど、Ryzen 7 5800X3Dの結果はRyzen 7 5800Xと比べても結構激しく落ち込んでいる。勿論このテストではCPU性能よりもGPU性能が支配的だから、GPUが一緒なら本来はそう大きな差にならない筈だが、GPU負荷の低いWildLifeとかNightRaidで大差がついてるのは、そのままCPU性能の差ということになる。
もう少し見てみると、Graphics Test(グラフ15)でも傾向がほぼ同じ(ただしWildLifeとNightRaid以外はほぼフラット)というあたりは、もう純粋に、特にNightRaidはAMDと相性が悪いというべきなのか。もっともPhysics/CPU Test(グラフ16)でも96MB L3の効用は見えないし、Core i9-12900Kとの性能差も大きい。Combined Test(グラフ17)で、FireStrike ExtremeやFireStrike Ultraだと差が無くなるのは、GPU負荷が高すぎでCPUの性能差が殆ど見えなくなっている、と考えるのが妥当だろう。