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配給:東宝

■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」

邦洋問わず珠玉の名作映画を毎年上映しては新旧の映画ファンを楽しませ続けて久しい〈午前十時の映画祭〉は2020年3月に一度終了したものの、閉幕を惜しむ多くの声に応えて2021年4月より再開し、現在11回目を絶賛開催中です。(2022年度の第12回目開催も、先ごろめでたく決定!)

上映スケジュールは大きく〈グループA〉〈グループB〉と分けられていますが、その中で〈グループB〉12月10日より、〈グループA〉12月24日より、それぞれ2週間上映される作品が、東宝特撮映画の至宝『モスラ』(61)!

しかも今回は待望の4Kデジタル・リマスター版での上映となります!

さらに特筆すべきは、この4K版、何とこれまで特撮ファンや映画音楽ファンの間で幻とされてきた〈序曲〉が冒頭に入っている!

もっとも、そこで「映画の〈序曲〉って何?」と思われた方も、特に若い方は多かろうとも思われます。

今回はそんな「〈序曲〉とは何ぞや?」にスポットを当ててみたいと思います。

今回の『モスラ』上映は
幻の〈序曲〉入り版!

まず、1961年度の映画『モスラ』に関して今更細かいことをくどくど述べる必要もないでしょう。

ゴジラに負けず劣らずの人気を誇る(特に女子の人気が高い)大怪獣モスラ。

南海の孤島インファント島から連れ去られて日本で見世物にされる双子の小美人を連れ戻すため、島の守り神モスラの幼虫が卵から孵化して海を渡って日本に上陸! 東京の街を破壊しながら、やがて東京タワーに巨大な繭を作って成虫になり、更なる猛威をふるっていきます。

世界に誇る東宝特撮映画の雄・本多猪四郎監督&円谷英二特技監督の名コンビによる代表作の1本。

東京タワーはもちろんのこと、当時の渋谷の街を再現したミニチュアセットが破壊されまくる様子も圧巻!

キャストもフランキー堺、香川京子、小泉博、ジェリー伊藤、そして小美人に扮したザ・ピーナッツのふたりが歌う〈モスラの歌〉は映画主題歌のスタンダードとなって久しいものがあります。

主題歌を含む本作の音楽を担当したのは小関裕而。

昨年のNHKテレビ小説「エール」主人公・作曲家のモデルとしても有名な彼にとって、『モスラ』は唯一の東宝特撮映画音楽でもありました。

さて今回の『モスラ』4Kデジタル・リマスター版ですが、その詳細は以下を参照していただけるといかに大変な作業であったかがおわかりいただけるかと思われます。

そして、その中でもファンを狂喜させてくれたのが、何と初公開時に全国11館のみの映画館で上映された、およそ1分の〈序曲〉がついた幻の磁気4chステレオ・ヴァージョンでの上映ということでしょう。

〈序曲〉そのものは『モスラ』サントラ盤の中に入っていることから、ファンの間では古くから知られた存在ではありましたが、いざそれが入ったヴァージョンを見ることは叶わないといった状況が、それこそ初公開以降ずっと続いていたわけで、つまりはおよそ60年ぶりに初公開時の完全形態での『モスラ』を観賞できることになったわけです。

テレビに対抗する超大作映画に
必須の存在だった〈序曲〉


『ウエスト・サイド物語』より (C)1961 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

映画における〈序曲〉、これは演劇などの上演直前、その作品に即した音楽を流して、場内の観客に開幕を告げる形式に倣ったもの。

この形式は主に『スパルタカス』(60)『ウエスト・サイド物語』(61)『西部開拓史』(62)『アラビアのロレンス』(62)『バルジ大作戦』(65)など、ハリウッドを中心とする上映時間2時間を超える超大作を中心に導入されていきました。

〈序曲〉だけでなく、二部構成作品の場合は〈休憩曲(インターミッション)〉、そして映画が終了して場内が明るくなり、観客が席を立って出ていく際、お見送り代わりの〈終曲〉が流されるパターンも数多くあります。

これらは特にテレビが台頭してきた1950年代以降、シネラマや70ミリ映画などの超大作を以って対抗しようとする映画界の試みの一環であり、要するに大きな映画館の巨大画面で、映画ならではのゴージャスな体験を存分にしていただこうとする「おもてなし」の精神に基づくものでもありました。

〈序曲〉が流れる際、スクリーンには何も映されないまま、暗闇の中で音楽だけが場内に響き渡るものや、独自のデザインを施した画が入っていたりと、ケースはさまざまです。

画のない暗闇モードの〈序曲〉をそのまま今の時代で上映すると「映写ミス」と勘違いしてしまう観客もいるため、音楽が流れている間“序曲”の文字を画面に映すパターンも今は増えています。

TV放映の場合、スチル写真など名場面を挿入するパターンも多いですね。

曲そのものは、映画のメインテーマや劇中曲のさわりを数珠つなぎにして、映画全体の雰囲気を音で先に伝えておくといったものが比較的多く感じられます。


『2001年宇宙の旅』より(C)2018 Warner Bros. Entertainment Inc.

『2001年宇宙の旅』(68)や『スター・トレック』(79)のように劇中曲の一部を流して雰囲気を高めるものもありました。

こうした〈序曲〉が流れる映画は1970年代以降徐々に少なくなっていき、個人的な体験としてもディズニーのSF超大作『ブラック・ホール』(79)あたりから、しばらくお目にかかった記憶がありません。

少しでも1日の上映回数を増やしたい映画館としましては、場内真っ暗な中に音楽だけが鳴り響く時間を許容できなくなっていったという事情もあったのかもしれませんね。
(当時の名画座などで〈序曲〉をカットして、いきなり本編から上映するところも結構あったりしました)

そんな中、まもなくリバイバルされる『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(00)には久々に〈序曲〉が入っていましたが、これは往年のミュージカル映画大作に〈序曲〉が入るケースが多かったことを意識しての計らいだったのでしょう。

同じくミュージカルのディズニー実写版『美女と野獣』(17)には、サントラ盤に〈序曲〉が入っています。

残念ながら実際の劇場公開には使われていませんでしたが、現在リリースされているBlu-ray&DVDでは〈序曲〉入りヴァージョンを選択観賞することが出来ます。

東宝特撮の貫禄を世界に示した
〈序曲〉入り『モスラ』


配給:東宝

日本映画で〈休憩曲〉が流れる作品は『七人の侍』(54)など割かしありますが、〈序曲〉となるとあまり思い浮かびません。

『モスラ』の場合、上映時間こそ102分と極めて通常枠のものではありますが、当時の“世界に誇る東宝特撮映画”たるキャッチフレーズを実践するかのように、本作は“世界同時公開”というフレコミもあって(実際は日本公開の翌年にアメリカなどでは公開。スティーヴン・スピルバーグなどはこのときに本作を見ているとのこと)、ゴージャス感をより際立たせるためにも〈序曲〉が必要といったアイデアがなされたのでしょう。

音響もモノラル、パースペクタ・サウンド(3ch疑似ステレオ)、そして4ch磁気ステレオと3パターンのヴァージョンが作られ、それぞれの特性に応じた映画館で上映されましたが、今回の4Kデジタル・リマスター版は初公開時のもっともゴージャスな形態のものを60年の月日を経て観賞できるという、実にぜいたくな体験が味わえるわけです。

これはもうぜひとも、映画館で、もっともゴージャスな『モスラ』をフルに堪能していただけたらと思う次第であります!

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(文:増當竜也)

『モスラ』作品情報

ストーリー
南太平洋を航行中の第二玄洋丸は、突発的に発生したA型台風にまこまれて沈没した。船員のうち四人が、放射能の墓場といわれたロリシカ国の水爆実験海域のインファント島で奇跡的に救助され、帰国した。が、意外にも四人は放射汚染症状が全く見られなかった。日東新聞の社会部記者・福田善一郎は、女カメラマンの花村を連れて、核センターに原田原子力博士を訪ねた。船員の一人から無人島と思われたインファント島に原住民が生きていること、さらに原住民が飲ませてくれた赤い汁により、放射能障害はおろか普通以上の体力を取り戻せたことを聞き出した。

日本、ロリシカ両国政府の申合わせでインファント島調査隊が結成された。日本側からは原田博士を副隊長に、言語学者中条信一ら有能な学者が参加した。上陸し、密林へ一人入った中条は、毒々しい色彩の吸血植物に襲われた。身長三十センチの小人の美女が彼を救った。小美人の歌うメロディに、中条は「島を荒らさないでほしい」の意味を読みとった。帰国した調査隊は、調査内容を一切発表しなかった。

調査隊の事務係だったネルソンが、悪徳興行師としての正体を現わし、再びインファント島に上陸、小美人たちを奪うと、高い入場料で公開した。「モ……ス……ラ」彼女たちの歌うメロディは、テレパシィーによってインファント島の神殿に眠るモスラの卵に伝えられていた。やがて、全身白光色にきらめく巨大な幼虫が生れ、日本の方角の海に消えた。

中条は、インファント島の洞窟で発見した碑文の謎を解き、モスラが小美人をさがして日本に来襲するだろうことを予知した。異常な速さで泳ぐモスラにエアゾールの集中攻撃をする大型機編隊。ロケット弾の集中砲火を浴びせる戦闘ジェット機隊。しかし、モスラの相手ではなかった。モスラは遂に東京都心へ現われ、国電やビルは粉砕された。ネルソンは国外脱出を図り、小美人をつれて大型セスナでとびたった。モスラは東京タワーに近づくと、巨大な口腔から糸を吐き始めた。幼虫からサナギへの完全三段変化が開始され、遂に巨大な蛾が現われた。巨大な蛾と化したモスラは小美人を求めてロリシカ国に飛んだ。壊滅する摩天楼。

猛威を発揮したモスラは更に小美人を求めて暴れまわっていた。そのころロリシカ国政府に招かれた中条は福田、花村とともにネルソンを追いつめ小美人を取りかえした。一せいに鳴らされた教会の鐘。飛行場に白く書かれた十字架と太陽。それを目あてにモスラは静かに着陸した。かけよる小美人。遠くインファント島目ざして飛びさるモスラを見送りながら、人々は平和を祈るのだった。

予告編

基本情報
出演:フランキー堺/小泉博/香川京子/田山雅充/ザ・ピーナッツ/上原謙/ジェリー・伊藤/志村喬/伊藤久哉/佐原健二/平田昭彦/河津清三郎/オーベル・ワイアット/小杉義男/ハロルド・コンウェイ/三島耕/オスマン・ユセフ/広瀬正一/田島義文/山本廉/加藤春哉/中村哲/大前亘/堤康久/岩本弘司/津田光男/三浦敏男/岡部正/若松明/中山豊/三田照子/ロバート・ダンハム/山田彰/宇野晃司/古田俊彦/上村幸之/草間璋夫/安芸津広/三井紳平/加藤茂雄/緒方燐作/岡豊/今井和雄/勝部義夫/細川隆一/夏木順平/須田準之助/伊原徳/橘正晃/中野トシ子/手塚勝己/中島春雄/関田裕

監督:本多猪四郎

公開日:1967年7月30日(日)

製作国:日本