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■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」SHORT

さそうあきらの音楽系漫画を原作とする実写映画は、これまで『神童』(06)『マエストロ!』(15)がありますが、本作はひとつの楽器や形式などにこだわらない、さまざまなところから聞こえてくる音が“音楽”として機能していくことの楽しさや喜びを大いに体感させてくれる作品です。

一応メインとなるのはピアノや歌とかだったりしますが、総体的には“音楽に情熱を注ぐ者たち”=“ミュジコフィリア”による現代音楽に関する映画として見事に屹立しているあたりが本作最大の美徳であるともいえるでしょう。

京都という古都と現代音楽の融合に関しても、いざ実写で具現化されたものを目の当たりにすると興味深いものがあります。

実写版『時をかける少女』(10)で長編映画監督デビューを果たした後、「人質の朗読会」(14)「マザーズ」(14)「長閑の庭」(19)などテレビドラマの世界で評価を高めてきた谷口正晃監督、久々の劇映画作品ですが、音楽に入れ込む大学生たちの群像を通してデビュー当時の瑞々しさを巧みに保ち得つつ画面から発散させてくれているのが実に好印象。

今年は『砕け散るところを見せてあげる』『Arc アーク』『護られなかった君たちへ』『ONODA 一万夜を越えて』と出演作が相次ぐ主演の井之脇海ですが、今回は彼の出世作である『トウキョウソナタ』(08)以来のピアノをモチーフとする役柄に挑んでいるあたりも映画的原点回帰を果たしているようで、これまた見ていて心地よいものがありました。

さらには彼同様にキャリアを順調に積み重ねている松本穂香の明るく前向きなパフォーマンス性の豊かさにも唸らされました(彼女の歌声そのものも、すごく耳心地の良いものがあります)。

不器用な変人が割かし多く登場する映画でもありますが、それは即ち何かひとつの事象に魅せられた愛すべき人たちでもあり、どこかしらヲタク気質を備えた方なら、どこかにシンパシーを見出すことも大いに可能な作品でしょう。

そして何よりもこの映画の中で聞こえてくるさまざまな音!

ドラマそのものはやがて主人公と異母兄(山﨑育三郎)との確執に移っていきますが、ある音が“音楽”になっていくことからもたらされる人生の奇跡が、ここでは見事に麗しく描かれています。

また同時に、映画の中には音という重要な要素が常に盛り込まれているもので、その伝でも録音や音響効果といったスタッフワークの繊細な作業にも今回改めて注目していただけたら幸いです。

(文:増當竜也)

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『ミュジコフィリア』作品情報

【あらすじ】
京都の芸術大学に入学した漆原朔は、強引に現代音楽研究会に引き込まれる。するとそこには、朔が音楽を遠ざけるきっかけとなった異母兄・貴志野大成と、朔が憧れる大成の恋人・小夜がいた。朔は著名な作曲家の父と若手天才作曲家として将来を期待される異母兄・大成へのコンプレックスから、音楽から遠ざかっていた。そんな大成と、大成を一途に思う小夜との間で、朔は苦悩。朔は子供の頃から物の形や色が音として頭の中で鳴っており、それらを現代音楽を通して表現できることを知るように。そして朔と同じように自然の音を理解するピアノ科生の浪花凪が現れ、朔の才能が開花していく。 

【予告編】

【基本情報】
出演:井之脇海/松本穂香/川添野愛/阿部進之介/縄田カノン/多井一晃/喜多乃愛/中島ボイル/佐藤都輝子/石丸幹二/辰巳琢郎/茂山逸平/大塚まさじ/杉本彩/きたやまおさむ/栗塚旭/濱田マリ/神野三鈴/山崎育三郎

原作:さそうあきら

監督:谷口正晃

脚本:大野裕之

上映時間:113分

製作国:日本