カシオ計算機(以下、カシオ)は2024年11月、同社初となるパーパス 「驚きを身近にする力で、ひとりひとりに今日を超える歓びを。」を策定しました。経営理念である「創造 貢献」と共にカシオという会社を表現した言葉として、多くの想いが込められています。

そんなカシオのパーパスの礎ともなっているのが、創業者の一人である樫尾俊雄氏の存在。兄弟と共に世界初となる小型純電気式計算機「14-A」を発明し、日本のエレクトロニクス産業の発展に貢献した発明家・樫尾俊雄氏とはいかなる人物だったのでしょう。また、現在の同社のパーパスのどんなところに樫尾俊雄イズムが継承されているのでしょうか。

今回、樫尾俊雄の元私邸で、現在は氏の発明した製品が展示されている樫尾俊雄発明記念館にて、樫尾俊雄氏のご子息でありパーパス策定を主導した樫尾 隆司専務執行役員と、パーパス策定を支援したエスエムオーの齊藤 三希子CEOによる対談が実現しました。

  • 左からエスエムオー 齊藤 三希子CEO、カシオ計算機株式会社 樫尾 隆司専務執行役員 「数の部屋」にて

●対談の舞台は、カシオ創業者の一人・樫尾俊雄の世界観が表現された元私邸

—齊藤さんには対談の前に樫尾俊雄発明記念館を見学していただきました。まずは樫尾俊雄発明記念館の感想から教えてください。

齊藤氏:カシオのDNAがつまっていて、本当にすばらしい建物、そして展示だと思います。先ほど、楽器などが展示された「音の部屋」や腕時計が展示された「時の部屋」など、展示をたくさん見学させていただきました。その中でもやはり印象的だったのは、カシオの原点ともいえる計算機が展示された「発明の部屋」と「数の部屋」ですね。リレー計算機に込められた想いが伝わってきましたし、実は証券会社で働くお姉さまのために作られたというお話を樫尾さんから伺っていたので、本物を見られて感慨深かったです。「カシオミニ」が当時の“電卓戦争”と呼ばれた群雄割拠の時代を終わらせたというエピソードも興味深かったです。展示されたリレー計算機が今でも動くのには感動しましたね。

  • 樫尾四兄弟とリレー式計算機

  • 次男の樫尾俊雄

樫尾氏:ありがとうございます。この樫尾俊雄発明記念館は、2012年に逝去した樫尾俊雄の功績を伝えることを目的に2013年からオープンしています。もともと建物自体も樫尾俊雄の自宅で、細部までこだわり抜いて造られたものなんです。たとえば建物を上から見ると、鳥が飛翔するような形になっています。また、玄関をはじめさまざまな場所に鳥を表現したステンドグラスがはめ込まれていますが、これは樫尾俊雄の家族を鳥に見立てたものです。

齊藤氏:本当にすごいこだわりですよね。今、お話させていただいているこの「創造の部屋」も、壁一面に巨大な大理石が使われていて迫力たっぷりです。玄関のシャンデリアや、立派な螺旋階段などにも圧倒されました。

  • シャンデリアと螺旋階段で来客を出迎える玄関/樫尾俊雄の妻を表した極楽鳥のステンドグラス

  • 玄関の天井には、樫尾俊雄自身を表した鷲

樫尾氏:ほかでは見ないような建物ですよね。この記念館のテーマは「独創的な美しさ」。樫尾俊雄が思い描いている世界を、自宅を通じて表現したものなんです。加えて、樫尾俊雄は「神」の存在を信じていたようで……。ここでいう神を信じるとは、「全ての自然は神のよりつくられたものであり、私たちはそれを解き明かしているに過ぎない。発見することしか人間はできないのだ」ということです。そうした樫尾俊雄の想いが、記念館の建物でも表現されているのです。

●それぞれの“思い出のカシオ製品”は?

—まさにそうした樫尾俊雄さんの独創性が、現在のカシオにつながる画期的な製品の発明につながったのですね。齊藤さんはカシオについてはどんな印象をお持ちですか?

齊藤氏:「グローバルで強いブランド力を持っている会社」ですね。カシオほど海外で名前が通じる日本のブランドはなかなかありません。企業のブランディングに携わる身として、それを痛感しています。もちろん国内でも知らない人はいないくらいのブランドですよね。性別年代問わず、多くの人がカシオ製品に触れて生活していると思います。

樫尾氏:思い出のカシオ製品はありますか?

齊藤氏:まずは高校生のときに使っていた関数電卓ですね。数学の先生に言われて買ったのですが、その際に「カシオのこの電卓を買いなさい」と指定されたんです。それくらいカシオの電卓が高機能だったのでしょう。たぶん、当時の私は機能の1割も使えていなかったと思います(笑)。でも、カシオの関数電卓を買ったことで、すごく大人になったような気持ちになれましたね。

樫尾氏:それは嬉しいです。

齊藤氏:もうひとつはG-SHOCKですね。90年代当時映画に出ていた海外スターがG-SHOCKを着けていたのを見て、かっこいい! と思って買いに行きました。当時、私の友人は皆そのモデルを持っていましたね。改めてカシオ製品って、本当に生活や人生に寄り添ってくれているブランドなんだと思います。強く意識するわけではないけれど、なくなったら困るような。……逆に樫尾さんの思い出の製品もお聞きしてみたいです。

樫尾氏:そうですね。全部です、と言いたいのですが(笑)。あえて選ぶとすればまずはカシオミニという1972年発売の小型電卓です。私は1970年生まれで、物心ついた頃にカシオミニのCMがテレビでよく流れていたんです。それもあって印象に残っています。それから、小学生の頃に手に入れたデジタル時計。これがすごく自慢だった。ワールドタイムやストップウォッチ機能がついていて、友達がたくさん寄ってきて、驚いてくれるのが嬉しかったですね。

  • 大ヒットとなった「カシオミニ」(1972年発売)、齊藤氏思い出の「G-SHOCK」、樫尾氏思い出の多機能デジタル時計

齊藤氏:デジタル時計は人生のどこかで出会うものですから、思い出に残るのかもしれませんね。

樫尾氏:最初の出会いのインパクトは、そのブランドを好きになる最大の要因ですよね。私の周りでも、高校生の頃にプログラム電卓やゲーム電卓でカシオを知ったとか、大学に入学したときに親からカシオの時計を買ってもらったという人が多いです。

●1,000人以上の社員が参加、カシオ初のパーパスが誕生

—そんなカシオが初めて策定したパーパス「驚きを身近にする力で、ひとりひとりに今日を超える歓びを。」についてお聞きします。齊藤さんがパーパスの策定を支援されたそうですが、きっかけは何だったのでしょうか。

樫尾氏:もともと私が現在の部署に来たとき、今のカシオには何が必要なのかということを考えたんです。というのも、その頃のカシオはやや短期視点になりがちで、会社と社員のベクトルが合っていないように思えたからです。特に2010年代に入ってから世の中の変化が激しく、携帯電話事業やデジタルカメラ事業なども整理することになりました。さらにコロナ禍もあり、本当にカシオはチャレンジできているんだろうか、安定化志向になってしまっていないかと感じていました。

そこで経営学やビジョン・ミッションなどの書籍をいろいろと読んだところ、「パーパス」という考え方に出会いました。カシオに必要なのはこれだと思って、パーパスに関する書籍を探したときに出会ったのが齊藤さんの著書『パーパス・ブランディング』だったというわけです。

齊藤氏:樫尾さんがパーパス策定を検討されている際、ぐうぜん共通の知人がいて、ご紹介いただきました。すでに著書をご覧いただいていたので、お話も早かったです。またパーパスを策定するといっても、とりあえず作って終わりになってしまっている企業も多いそうなのですが、それだと意味がありません。でもカシオさんはそんなことはなく、強い覚悟も感じられました。

—パーパス策定は具体意的にどのように進められたのでしょう。

樫尾氏:エスエムオーさんのプログラムに沿って進めていきました。具体的には、トップダウンではなくボトムアップで積み上げていくやり方です。2,000人以上の社員が議論して作り上げていきました。そうやって完成したパーパス「驚きを身近にする力で、ひとりひとりに今日を超える歓びを。」は、カシオの歴史を表現しつつ、しっかりと未来につなげていくという想いが感じられるものになっています。何より、これだけ多くの社員が話し合い、考えていったプロセスそのものに感動しました。

齊藤氏:一般的に企業というものは創業者の想いが強く、パーパスにもそれが組み込まれることが多いです。カシオさんの場合は特にそうで、樫尾俊雄さんの創業精神であり企業理念でもある「創造 貢献」が社員の皆さんの中にしっかりと根づいているんだなと気付かされました。だからこそ、「創造 貢献」を踏まえた上で、さらに現在のカシオさんにフィットするパーパスが出来上がったのだと思います。

またパーパスプロジェクトを進めて思ったのが、やはりカシオの社員の皆さんはカシオという会社が好きなんだなということ。カシオ製品のワクワクする感じ、新しいものを生み出すチャレンジ、そういうことがやりたくて入社された社員が多いことがカシオのすごさだと感じました。

樫尾氏:本当にそうですね。今回、特に私たちよりも下の世代がパーパスを導き出してくれたことが大きかったです。世代が変わると会社も変わっていくものだと思いますが、カシオについてはそこにあまりずれがないなと。

●樫尾俊雄の発明スピリットはパーパスにも受け継がれている

—樫尾俊雄さんの精神は、パーパス「驚きを身近にする力で、ひとりひとりに今日を超える歓びを。」にも表れているでしょうか。

樫尾氏:はい。樫尾俊雄は6歳の頃、エジソンの本を読んで発明家を志したといいます。その根幹にあるのは、「人の役に立ちたい」、「人を驚かせたい」という想い。それがパーパスにも表れていると感じます。また、パーパスを形作っているのは樫尾俊雄の精神だけではありません。樫尾俊雄は根っからの発明家で、考えることしかできませんでした。余談ですが、樫尾俊雄は道もまったく覚えられなくて、兄弟でゴルフに行った後、なぜか弟の家に帰宅したことがあるくらいです(笑)。そのエピソードがもとになって、カーナビの原理となる特許を取得したりもしたのですが……。ともあれ、樫尾俊雄だけでは会社はうまくいかなかったと思います。樫尾俊雄が発明したものを世の中に送り出し、届けるところは兄弟や会社のメンバーが担ったんです。だからこそ、カシオの製品は世界中で売れたのだと思います。

齊藤氏:お人柄がうかがえるエピソードですね(笑)。そう考えると、「驚きを身近にする力で、ひとりひとりに今日を超える歓びを。」というパーパスには樫尾俊雄さんだけでなく、ご兄弟やカシオの歴史を紡いできた社員の皆さんの想いがすべて入っているのですね。

—パーパスを踏まえて、今後のカシオとしての展望や、期待するところを教えてください。

樫尾氏:カシオのDNAとは、「世界に誇れるブランドを社員一同が必死に作っていること」と、「世界中にファンがいること」の2つです。そして、この2つに一途に向かっている社員が多いことこそが、私が大好きなカシオの誇りなんです。パーパスを起点に、社員がさらにプライドと誇りを持った会社になることを期待しています。

齊藤氏:パーパスはそれを作ること自体が目的ではありません。パーパスを軸として、一人ひとりが判断や行動をしていただくことが重要です。もちろん今でもカシオさんは偉大な会社ですが、さらにもっともっと良い会社になっていくでしょう。私自身、コンサルとしてもそうですが、1ユーザーとしても楽しみにしています。

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「驚きを身近にする力で、ひとりひとりに今日を超える歓びを。」を胸に、これからもカシオは様々な製品を世に送り出していきます。今後、新しいパ―パスを策定したカシオがどうなっていくか、読者の皆さんには注目していただきたいです。


樫尾俊雄発明記念館

▼住所
〒157-0066 東京都世田谷区成城4-19-10
▼見学申し込み
完全予約制
▼入館料
無料



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