VTuber事務所「ホロライブプロダクション」を運営するカバーは3月12日、同社初の海外拠点となる「COVER USA」の設立を発表した。都内で開催された記者説明会にはカバー代表取締役社長の谷郷元昭氏が登壇し、北米に新拠点を設立した意図やグローバル展開の強化に向けた戦略を語った。

  • 「ホロライブ」のカバーが北米拠点「COVER USA」を設立。記者会見には、リスナーからは“YAGOO”の愛称で親しまれる谷郷元昭社長が登壇した

    「ホロライブ」のカバーが北米拠点「COVER USA」を設立。記者会見には、リスナーからは“YAGOO”の愛称で親しまれる谷郷元昭社長が登壇した

“投げ銭”からIPビジネスへ、VTuberのビジネスモデルの変化

本題に入る前に、そもそも国内外でカバーが展開しているVTuber事業の全体像を把握できている人はそう多くないだろう。競合他社も含めてVTuber“事務所”と呼ばれていたり、上場時にはYouTuber事務所「UUUM」の事例を引き合いに出した言説が多く見られたりと、一般的なイメージとしてはおそらく芸能事務所のように所属タレントのマネジメントを行う会社と認識されているのではないだろうか。

もちろんそういった側面はあるのだが、それらと大きく異なるのは見方を変えれば強力な自社IPを抱えたキャラクタービジネスでもあるという点だ。実際、ここ3年ほどでカバーの収益構造は大きく変化している。スーパーチャット(投げ銭)など動画配信サービスを通じた売上が占める割合は年々下がっており、2024年3月期Q3の売上予想では、ついにマーチャンダイジングやライセンス、タイアップによる売上が半分以上となる見込みだ。他社のプラットフォームの上に成り立つマネジメント業務からIPビジネスへの移行に成功したと言っても良いだろう。

  • カバーの収益構造はIPカンパニー型に変化してきている

    カバーの収益構造はIPカンパニー型に変化してきている

無論、イメージ通りの「VTuber事務所」として表面的に捉えてもトップランナーであることは間違いない。所属タレント86名(各言語圏のグループを合算した人数)の総チャンネル登録者数は2023年12月末時点で8,625万人に上り、VTuberチャンネル登録者数ランキング(2024年2月末時点・ユーザーローカル調べ)でも「ホロライブEnglish」所属の「がうる・ぐら」(444万人)やホロライブ所属の「宝鐘マリン」(307万人)を筆頭にトップ10のうち8人を占める。国内外の登録者数トップを獲得しているだけでなく、視聴時間ランキングでも「兎田ぺこら」が1位、「博衣こより」が3位とアクティブな視聴者を多く抱えている(2023年・Stream Charts調べ)。

  • 現在のホロライブの規模。余談だが、所属タレント数についてはチャンネルを共有している双子の「FUWAMOCO」は1カウントだそう

    現在のホロライブの規模。余談だが、所属タレント数についてはチャンネルを共有している双子の「FUWAMOCO」は1カウントだそう

  • チャンネル登録者数トップ10のVTuberのうち、8人がホロライブという状況

    チャンネル登録者数トップ10のVTuberのうち、8人がホロライブという状況

また、コンテンツの力を高めるためにあえて二次創作を公に広く受け入れている点は既存のキャラクタービジネスと少し異なる。アニメやマンガなら二次創作は著作権者のお目こぼしで成り立つもの、ひっそりと楽しむものというのが大抵のジャンルでの掟だが、ホロライブを含めVTuber業界では最低限のガイドラインを設けた上で切り抜き動画や応援広告などさまざまな形でのファンによる活動を許可するところが多い。動画配信サービスやSNSを土俵としている以上、UGC(User Generated Contents)の拡散力は強力な追い風となるからだ。

たとえば、先に挙げた国内登録者数トップのホロライブ所属タレント「宝鐘マリン」が2023年7月に公開したオリジナル楽曲「美少女無罪♡パイレーツ」の例を見ると、本人のYouTubeチャンネルにアップロードされた公式MVが3,735万再生(2月末時点)とヒットしただけでなく、TikTokでの楽曲使用動画は約6万本で3億再生、YouTubeでの楽曲使用も4,000本以上と圧倒的な量のUGCが生まれている。楽曲のヒットだけに留まらず、VTuber史上初となる『FNS歌謡祭』への出演にもつながり、チャンネル登録者の増加も加速し1月にはチャンネル登録者数300万人を達成するなど、まさにPGCとUGCの循環が爆発的なヒットを生んだ事例と言える。

  • 二次創作・UGCとの付き合い方が従来型のコンテンツとは大きく異なるのもVTuberビジネスの特徴

    二次創作・UGCとの付き合い方が従来型のコンテンツとは大きく異なるのもVTuberビジネスの特徴

  • UGCによって拡散力にレバレッジがかかり、爆発的なヒットにつながった事例

    UGCによって拡散力にレバレッジがかかり、爆発的なヒットにつながった事例

話を戻すと、現状のビジネスモデルとしてはYouTubeなどのプラットフォームでの収益化は最終的な成果地点ではなく、そこは巨大なファンコミュニティの形成や自社IPの価値を高める場として活かしつつ、自社によるグッズ販売や他社へのライセンスアウトによるコラボ商品の発売、幅広い業種の企業とのタイアップ広告などその先の部分で稼ぐIPビジネスに変わったということだ。

  • 配信やライブでファンを増やし、ライセンス・タイアップで収益を上げる構造に変わってきている

    配信やライブでファンを増やし、ライセンス・タイアップで収益を上げる構造に変わってきている

グローバル展開の鍵はローカライズ、新会社「COVER USA」の役割

この「IPビジネスが主軸」「UGCの力が欠かせない」という2点こそが、グローバル展開を加速させるには海外拠点も必要という判断に至った背景でもある。

カバーではすでに、日本のホロライブのほかに英語圏向けのホロライブENやインドネシア向けのホロライブIDを展開している。チャンネル登録者数などの指標ではすでに多くのヒットが生まれていてグローバルでのファンベースの構築に成功しつつあるが、日本での成功事例に当てはめて次のステップに進むには、徹底したローカライズが重要になる。

同社ではグローバル展開に向けて補強すべき要素を、各国のカルチャーに合わせた「PGC創出」「UGC支援」「ビジネスの現地化」の3点と分析した。たとえば海外でのリアルイベントを増やしたり、現地の企業・ブランドとのタイアップに繋げたりといった取り組みが挙げられる。

  • 海外展開の実績

    海外展開の実績

  • これまでの取り組みからのフィードバック

    これまでの取り組みからのフィードバック

COVER USAは米カリフォルニアに設立され、7月から始動する予定。カバーが100%出資し、代表取締役は谷郷氏が兼任する。ホロライブENの運営にあたって、現体制ではコンテンツ供給・イベント企画・物販企画・顧客対応のすべてを日本を中心に行っているが、現地でのイベント企画や物販促進・営業などの機能をCOVER USAに移し、迅速かつ現地文化に合った展開を可能にする。

なお、コンテンツ供給はクオリティ維持のため、引き続き人員や設備が整う日本を基点とする。また、既存タレントのサポート強化に主眼を置き、新規のタレント採用の拠点とすることは現時点では考えていないという。

  • COVER USA設立以前の体制

    COVER USA設立以前の体制

  • COVER USA設立以後の体制

    COVER USA設立以後の体制

最初の海外拠点を北米に設けた理由は、ホロライブENを立ち上げた際のビジョンとも重なる。同社ではVTuberを「モーションキャプチャーを用いてアニメルックアバターで活動するバーチャルエンターテイナー」と定義しており、従って海外展開にあたってターゲットとなるのはアニメ文化が根付いている=アニメルックなコンテンツが受け入れられる土壌の整った地域となる。その筆頭に挙がるのはやはり、日本アニメ市場の規模が大きく、同時に自国産の強力なIPが多数ありキャラクタービジネスそのものが根付いている市場でもある北米ということだろう。

ただ、いわゆるオタク的コンテンツがサブカルチャーからメインカルチャーに躍り出てコモディティ化し日本市場においてはアニメ・ゲーム・VTuberはそれぞれ別ジャンルとして確立され棲み分けができているが、海外市場はその域には達していない。

谷郷氏は「(アメリカ市場では)アニメや『原神』のようなアニメルックのゲーム、そしてVTuberなどがファン層を共有している状況。しっかりVTuberというものを打ち出していかないと埋もれてしまう」と、VTuberをマンガ・アニメ・ゲームに続く世界で勝負できる日本発の新たなコンテンツ産業に昇華すべく、いま積極的に北米市場に取り組む理由を語った。