日立製作所は、2050年度までに、自社の生産活動や調達、製品およびサービスの使用などによるバリューチェーン全体において、カーボンニュートラルを実現し、ネット・ゼロ社会に貢献する目標を新たに掲げた。
同社では、2050年度までにバリューチェーンのCO2排出量を、2010年度比で80%削減することを2016年9月に発表していたが、今回の新たな目標は、これを改定するとともに、すでに発表していた2030年度までに、全世界の工場およびオフィスで、カーボンニュートラルを達成する目標を、より強化するものに位置づけている。
デジタルイノベーションの加速に向けて、3年間で1兆5,000億円の研究開発投資を計画。脱炭素化に向けて、デジタル化による脱炭素社会の実現を支援するLumadaソリューションの提供、高効率プロダクトやエネルギーマネジメントシステム、水素関連技術の開発などにも取り組むことになる。
成長のための「真のエンジン」はデジタル?
日立製作所のアリステア・ドーマー執行役副社長兼Chief Environmental Officerは、「今回の新たな目標は、豊かな地球を次世代に引き継ぐ私たちのコミットメントをより明確にした」と前置きし、「デジタル技術は、ネット・ゼロ社会を実現するために重要な役割を担っており、今回の発表は、日立がカーボンニュートラルへの取り組みを強化していく姿勢を示すものとなる。デジタルの世界における環境技術は、成長のための真のエンジンであり、都市、政府、企業のCO2排出削減を支援するとともに、気候変動領域におけるイノベーターとして、日立の可能性を拡大していく」としている。
脱炭素社会の実現に向けた具体的な取り組みとして、省エネルギー設備や再生可能エネルギー設備の導入のほか、全事業所において100%再生可能エネルギーの調達により、2030年度までに、自社の事業所、生産活動におけるカーボンニュートラルを実現。LED照明や高効率の空調設備、変圧器、空気圧縮機、変圧器などの省エネ機器の導入を推進する。
また、Lumadaによる生産効率の向上により、同社大みか事業所では、一部生産ラインにおけるリードタイムを50%削減するといった省エネ化を達成。再エネ機器の導入や環境証書の購入、PPA(Power Purchase Agreement=電力販売契約)の拡大により、カーボンニュートラル事業所数を2020年度の3事業所から、2021年度は13事業所に拡大するという。
さらに、インターナルカーボンプライシングの活用により、1トンあたりのCO2仮想価格を、5,000円であったものを2021年8月から、1万4,000円へと高い水準に改定。これをもとに、社内への環境投資を加速することになる。
そして、設計段階から環境に配慮した製品の開発によって、省エネルギー化を実現し、製品の世界トップレベルの省エネルギー化を目指すほか、社会全体のカーボンニュートラル化に貢献する事業を推進する。ここでは、再生可能エネルギーの拡大を支えるパワーグリッド事業、カーボンフリーモビリティの普及に向けたEVシステムや関連インフラの提供、エネルギー効率に優れた高速鉄道車両や蓄電池ハイブリッド車両の提供、デジタル化による脱炭素社会の実現を支援するLumadaソリューションの提供などに取り組む。
エネルギー事業では、日立の高圧直流送電技術により、電力ロスを少なく、送電することができるため、風力発電や洋上風力などに適した都市部などから離れた地域からの大容量、長距離送電を実現。再エネ普及を支援するほか、耐久性と低消費電力特性を両立した新構造SiCパワーデバイスを製品化し、発電、送変電、電動化を担う機器の高効率化や省エネ化に貢献。電気バスや商用電気自動車向けのEV充電システムでは、従来と比較して大型のEVの充電に必要なスペースを60%削減し、充電拠点におけるケーブル配線を40%削減するなどの取り組みを進めている。
「風力発電や太陽光発電の設備を設置するというだけではなく、再エネを社会に実装するための仕組みまでを捉えて、事業を推進していくのが日立の役割である」という。
環境負荷の少ない移動手段として注目されている鉄道分野における鉄道システム事業では、JR東日本およびトヨタとともに、水素を燃料とする燃料電池と、蓄電池を電源とするハイブリッドシステムを搭載した車両を開発。英国都市間鉄道向けに蓄電池ハイブリッド鉄道車両を導入したり、イタリアでは初の蓄電池駆動トラムの試験運行に成功したりといった実績が出ている。
オートモティブシステム事業では、電気自動車の主要部品である高性能モーターおよびインバーターをグローバルに提供。日立AstemoのEV向けモーターおよびインバーターが、今年1月に発売されたマツダ初の量産電気自動車「MAZDA MX-30 EV MODEL」に採用。日立Astemo電動機システムズが、米ケンタッキー州に、電動車両用モーターの開発、製造、販売を行う新会社を設立し、市場への供給体制を確立するといった取り組みも行っている。
「製品の設計段階から環境負荷の低減を図ることで世界最高水準のエネルギー効率を実現し、顧客のCO2排出の削減や環境負荷低減に貢献する」という。
さらに、高効率プロダクトやエネルギーマネジメントシステム、水素関連技術などの脱炭素社会への転換を実現するテクノロジーの開発。ITを活用することで、企業の脱炭素経営を支援する「CO2算定支援サービス」の提供を開始したり、インドネシアでのスマトラ島での違法伐採監視システムを導入といった環境関連事業を推進する実績も出ている。
また、東京・国分寺市の中央研究所では、再エネの見える化システムを開発し、同研究所で運用を開始しているという。建物や設備さらにはサービスごとに再生可能エネルギー由来の電力で稼働していることを、デジタル技術を用いて見える化するシステムで、「再エネ利用が見える化されないと、環境投資の指標が作りにくい。工場や大規模設備などに適用したり、タクシー事業者が再生可能エネルギーで100%充電された電気自動車のタクシー車両に『Powered by Renewable Energy』マークを表示させて乗車サービスを提供するなど、環境価値を訴求したサービスの提供が可能になる。
欧米先行と政府目標のなかで、日立製作所の存在感
日本政府が、2050年までにカーボンニュートラルの目標を打ち出しているように、脱炭素社会の実現に向けて、各国の取り組みが加速しているところである。それにあわせて欧米の主要企業においては、CO2削減に向けた高い目標を設定。マイクロソフトでは、2030年までにカーボンネガティブの達成、アップルでは2030年までにカーボンニュートラルを達成するという意欲的な計画を打ち出す例もある。
日立製作所も、日本の企業のなかでは環境に対して積極的に対応してきた経緯がある。
2016年9月に設定した「環境イノベーション2050」では、自社の経済活動と事業活動を通じて、脱炭素社会の実現に貢献することを掲げ、脱炭素社会、高度循環型社会、自然共生社会の実現を目指するための具体的な目標を示している。
2021年3月にはCOP26のプリンシパルパートナーに就任。ネット・ゼロ社会の実現に向けて、政府、都市、企業の温室効果ガス排出削減を支援する気候変動領域のイノベーターになることを目指している。2020年末には、パリ協定の目標である気候変動による世界の平均気温上昇を、産業革命前と比べて、1.5度未満に抑える「Business Ambition for 1.5℃(1.5度目標)」に署名しており、2021年2月には国連が推進する「Race to Zero Campaign」にも参画している。
同社が推進している「2021 中期経営計画」では、環境、レジリエンス、安心・安全の3つを注力領域としており、事業を推進する上でも、環境への取り組みを重視しているほか、2021年4月には、役員報酬に環境価値を勘案した評価を導入している。また、2021年7月にサステナブル調達ガイドラインを新たに発行。調達パートナーと協力し、CO2排出削減に取り組んでいる。
「日立グループには3万社の取引会社がある。高い目標を達成するには、早い段階から社内外の意識を変えていく必要があり、サステナブル調達ガイドラインを発行した。鉄鋼業界など、脱炭素化には難しい業種もあり、取引先ごとに状況が異なるが、グループ取引の7割を占める国内外の800社の企業とは、一緒に削減計画を策定していきたい」とした。
同社では、「日立の創業の精神は、『和・誠・開拓者精神』である。一度決めたら目標に向かって取り組んでいくという精神に立ち返り、産官学と連携しながら、2050年度のバリューチェーン全体でのカーボンニュートラル実現という高い目標の達成に取り組んでいくことになる」としている。