富士通は、人的資本経営について説明。富士通 執行役員EVP兼CHROの平松浩樹氏は、「持続的な企業価値向上を実現するのが、人的資本経営の目的である。そのためには、ビジネスにアラインした人材ポートフォリオを描き、そのギャップを戦略的に埋めていく必要がある」とし、「日本の企業は、これを戦略的に行わず、大胆さがなかった。データを最大限活用し、経営と人事が動的に人材ポートフォリオの議論をしていく必要がある」と提言した。

  • 日本企業を変える大胆さ? 富士通「人的資本経営」の大きな一歩

    富士通 執行役員EVP兼CHROの平松浩樹氏

富士通は、今後の人的資本経営において、2025年度を最終年度とする中期経営計画の成長戦略と連携させ、事業軸と地域軸を組み合わせて、人材ポートフォリオを構築する考えを示す。とくに、成長領域と位置づけるFujitsu Uvance関連では、粒度を細かくして、人事面からも議論を進めていくという。また、事業ポートフォリオとアラインしたロール別の人員数をマッピングし、成長領域への戦略的な人材の採用、配置、教育およびリスキリングを実行する。さらに、グローバルにおいても、経営戦略達成に求められるロール別要員計画を地域別に策定。研究体制の強化でも、欧米のほか、インドやイスラエルでの人材獲得を進めていくという。

そのほか、事業ポートフォリオと連動した人材ポートフォリオ実現に求められる施策を用意し、施策ごとにKPIを設定して、定期的なモニタリングと着実なフォローアップの実行体制を整備する考えも示した。

「人事施策は効果が出るまでに時間がかかり、ROIを示せず、思い切った投資が難しい状況にあった。今後は、事業ポートフォリオの検討段階から人材ポートフォリオも検討し、投資についても盛り込みながら、事業のリターンについて議論していくことになる。人事によるビジネスへの貢献のひとつになる」と位置づけた。

富士通では、すでに高度専門人材認定者として78人、ビジネスプロデューサー(BP)は8000人を育成しているが、2023年度からは、顧客の経営課題解決を実現できるように、BPを対象に、Fujitsu Uvance実践プログラムを実施し、コンサルティングアプローチの実践強化を図る考えだ。さらに、Fujitsu Uvanceおよびモダナイゼーションビジネスの拡大に向けて、2025年度までに、コンサルティング人材を1万人規模に拡充。富士通グループ横断で、コンサルティング事業を統括する組織を立ち上げ、地域ごとの強化目標を設定したという。

加えて、重点領域の成長を加速させるリスキル研修を、2025年度までに8,000人に実施。SAPやSalesforce、ServiceNowといったビジネスアプリケーションや、AWSやAzureといったクラウドに関する資格取得を促進し、2022年度の7,000資格から、2025年度には1万7,000資格に引き上げる。

  • Fujitsu Uvanceおよびモダナイゼーションビジネスの拡大に向けて、2025年度までに、コンサルティング人材を1万人規模に拡充する計画だ

  • リスキル・教育・トレーニングで重点領域を成長させるためのリーソース拡充を図る

一方、中期経営計画で掲げている非財務指標のうち、従業員エンゲージメントでの75、女性幹部社員比率で20%という2つの目標についても説明。「現時点での従業員エンゲージメントは69となっており、まだ乖離がある。とくに、日本での数値が、海外に比べて低い点は課題である。また、女性管理職比率は14%であり、これも日本は10%に留まっている。今後は、より多様な働き方ができるなど、企業カルチャーを変える必要がある。社員のウェルビーイングの実現に向けた指標の可視化も進めていく」と語った。

なお、現在の出社率は20%程度となっており、ハイブリッドワークが定着していることも示した。

  • 中期経営計画では、2025年度の従業員エンゲージメントや女性幹部社員比率の目標を設定した

富士通は、2022年度に、パナソニックホールディングス、丸紅、KDDI、オムロンとともに、各社のCHROが参加するラウンドテーブルを6回開催し、人的資本経営の実践に向けた課題を議論してきたという。その成果として、人的資本経営を考える構想フレームとして「人的資本価値向上モデル」を策定。「CHRO Roundtable Report」として公開している。2023年度は参加企業を変えて、引き続き議論を行っているところだ。

「開示義務化の採用に違和感があったこと、人的資本経営が、日本企業がグローバルで戦うための人事の共通課題であると考えたこと、CHROの人的ネットワークが情報交換に留まり、踏み込んだ議論を行う場がなかったことからラウンドテーブルを企画した」と振り返り、「人的資本価値向上モデルは、各社の人的資本経営を検討する上での共通の構想フレームになる。人材ポートフォリオや必要な人材の要件定義などの成果を生むための取り組みと、エンゲージメントやDE&Iなどの持続的効果を生むための取り組みで構成した。このフレームワークに、富士通の取り組みをプロットしたところ、まんべんなくやっているつもりだったにも関わらず、エンゲージメントや教育などの人事部門がやりやすい部分は施策が手厚く、人材ポートフォリオなどのビジネスに直結する部分は取り組みが薄いことを再認識した」と反省する。

  • 人的資本経営を考える構想フレームとして「人的資本価値向上モデル」を策定。「CHRO Roundtable Report」として公開している

富士通では、これらを見直しながら、人的資本経営のストーリーを構築。DXカンパニーを目指すという「パーパス」と、それを実現するための「HR Vision」を策定し、ジョブ型人材マネジメントへと移行。3年後のビジョンと事業ポートフォリオ、人材ポートフォリオを策定し、社内の人材流動化するとともに、報酬水準を引き上げて、採用競争力を強化したという。

また、評価についても、パーパスやビジョンに対するインパクトの大きさを評価する「Connect評価」をグローバルに導入。パーパスカービングといった仕組みや、1対1の対話を通じて、富士通のパーパスやビジョンと、個人のパーパスをすり合わせる作業も行ったという。

さらに、キャリオーナシップ支援策を拡充し、自律型人材を育成。自らの改革を測る指標として、従業員エンゲージメントを非財務指標に設定している。

  • DXカンパニーを目指すという富士通の「パーパス」と、それを実現するための「HR Vision」を策定

  • パーパスやビジョンに対するインパクトの大きさを評価する「Connect評価」を導入

  • そして、ジョブ型人材マネジメントへとフルモデルチェンジした

こうした取り組みを通じて、「経営層だけでなく、管理職までが、人事戦略のストーリーを理解することが求められている。組織設計や評価報酬制度、人材リソースマネジメント、キャリア形成などの施策が関連していることを、ストーリー立てて説明した結果、大幅な制度改革に対しても、社員はポジティブに受け止めることができている」と自己評価。また、「従来は新卒一括採用、長期的雇用の文化があり、いまいる人ありきで、組織やポジションを設計し、戦略を考えていたことを反省している。事業戦略に基づいて組織をデザインし、社内外から適材をアサインする仕組みとし、適材適所から適所適材の考え方にシフトする一方、人材リソースマネジメントの権限を事業部門に委譲し、人事部門はHRビジネスパートナーとしての役割に徹した。オープンでチャレンジングな風土醸成を目的に、ポスティングを大幅に拡大した結果、社内での人材獲得競争が激しくなった。想定以上に社内の人材流動性が高まっている。また、人的資本関連データと業績には相関関係があり、人材流動化が高い組織と業績には正の相関があるといったこともわかっている」などとした。

2020年からの3年間で、国内グループ8万人のうち、延べ2万人がポスティングに応募し、約7,500人が異動したという。また、ポスティング異動後に、ポジティブな実感値を得ている従業員が大多数であり、異動できなかった社員もその理由についてフィードバックを受けてため、次の挑戦に向けた学びがあるという。

  • 事業戦略に基づいた組織・ポジショニングデザインへと見直し、オープンでチャレンジングな風土醸成を目的にポスティングを大幅に拡大した

こうした社内の変化に伴い、キャリアに関する不安やサポートへのニーズが高まったが、「不安の背景にあるのは、自らのキャリアを自分で考えることになったことが理由であり、これは健全な不安感。個人と組織の成長につながる」とし、「社員の不安に対応するために、キャリアオーナーシップの実現に向けた様々な取り組みを用意した」という。

キャリア診断の実施や、上司以外に相談できる環境を作るために、20人の専門担当者をアサインしているほか、社内インターンシップ制度ともいえる「Jobチャレ!!」、異動することなく、異なる業務を経験できる「Assign Me」などを用意。これらは社員の要望にあわせて用意した仕組みだという。また、2022年度のUdemyの受講者数は3万6764人、Udemyの学習時間は52万時間となっており、いずれも2020年度の約3倍になっているという。

「社員には、自律と信頼をメッセージとして発信している。会社と社員は対等である。会社は社員を信頼して制度設計を行い、行動を促していくことで、社員は安心し、信頼関係をもとに、自律的に挑戦できるようになる」としている。

グローバル共通の評価制度である「Connect」は、事業部長以下の幹部社員が対象であり、Impact、Learning & Growth、Behaviorsの3点を新たな評価軸とし、報酬だけでなく、次のアサインや成長機会につながることを重視しているという。

なお、報酬については、全社員で月額報酬を10%アップし、リーダー層で年収1,100万円、事業部長クラスでは年収2,000万円~3,000万円になったという。また、キャリア採用は2021年度の400人から、2022年度は818人と倍増している。

「キャリア採用は順調であり、報酬水準見直しも影響している。内定のオファーをした人の受諾率は、前年に比べて上昇している。1万人のコンサルティング要員を実現するために、キャリア採用は年々増加していくことになる」と語った。

富士通の人的資本経営に基づいた人事施策は、大胆なものが相次いでいるが、これらの施策をトリガーに、社内文化が大きく変わってきているのは明らかだ。