• We can remember window

GUIの問題点の1つは、デスクトップが小さすぎることだ。一般的な机の幅は少なくとも1メートル程度あるのに対して、32インチの4Kディスプレイでも横幅は70センチ程度しかない。書籍やコピーなどを使って、論文やレポートなどを書くような場合、筆者は、ダイニングテーブルに資料を広げていた。自宅ではそれが最も大きな机だったからである。もっとも、当時は、辞書も紙、資料も紙、書き込むのも紙。ワープロもなければ、PCもなくまだマイコンと呼ばれていた頃の話である。

いまでこそ、32インチの液晶ディスプレイが誰でも買えるような値段だが、CRTが主流だった時代、個人で使えるPC用モニターはここまで大きくはなかった。筆者が使ったCRTモニターは、20インチ(解像度はXGA、1024×768ドット)が最大である。筆者の知る範囲では、CRTモニターでは1988年に発売された45インチのソニー KX45ED1が最大だった。受注生産で、重さが200キログラム、価格も243万円、さらに運賃、設置料が別途必要と簡単に買える代物ではなかった。しかし、これでも本体幅は1メートル程度しかなかった(アスペクト比は4対3)。

そういわけで、昔からデスクトップの物理的なサイズ問題を克服しようと試みられてきた技術がいくつかあった。表示を魚眼レンズでみたようにディスプレイの端では表示サイズを縮小する、マウスカーソルが画面の端に来るとデスクトップがスクロールする、といったものもあった。ウィンドウを小さなアイコンにしてデスクトップに置ける、というのもデスクトップを広く使おうというアイディアである。しかし、生き残ったのはデスクトップを切り替える“Switching Desktop”だ。1980年台に作られたXerox PARCのRoomsなどが現在の仮想デスクトップの祖先にあたる。

Roomsは、複数のデスクトップを作成でき、デスクトップ全部を表示する「オーバービュー」表示を持っていた。仮想デスクトップには名前を付けることができ、特定の仮想デスクトップに移動できる“Door”を持っていた。これにより、関連を持つデスクトップ間の切り替えを簡単にすることができた。

WindowsやChromebookなどに搭載されている仮想デスクトップは、このRoomsを簡略化したものといえ、両者はよく似ている。Windows 10/11の仮想デスクトップは、タスクバーのタスクビューアイコンを使う(写真01)。ここにマウスカーソルを乗せると仮想デスクトップのサムネイルが表示される。仮想デスクトップには名前を付けることができ、壁紙をデスクトップごとに指定できる。タスクビューアイコンをクリックすると、現在の仮想デスクトップに表示されているウィンドウのサムネイルが表示され、ウィンドウ、アプリケーション単位で他の仮想デスクトップへの移動が行える。仮想デスクトップ間の切り替えは、Win+Ctrl+左右カーソルキーで行う。

  • 写真01: Windows 11の仮想デスクトップ。タスクバーのタスクビューアイコンの上にマウスカーソルを乗せるとすべての仮想デスクトップのサムネイルが表示され、クリックでウィンドウのサムネイルも表示する

Chromebookの仮想デスクトップも機能はほとんど同じだ。F5キーの位置にある「すべてのウィンドウ」キーを押すと、仮想デスクトップとウィンドウのサムネイルが表示される(写真02)。仮想デスクトップに名前を付けることができ、キーボードショートカットで仮想デスクトップを切り替えることができる。

  • 写真02: Chromebookでは、「すべてのウィンドウ」キー(F5)を押すと、すべての仮想デスクトップとそのウィンドウのサムネイルが表示される

WindowsもChromebookも仮想デスクトップは1次元に配置され、サムネイル表示から直接選択するか、キーで左右の仮想デスクトップに切り替えるしか方法がない。このため、相互に関係のある作業を異なるデスクトップで行っていた場合に、即座に切り替えることが必ずしもできない。Windows 11では、仮想デスクトップの並びを入れ替えることはできるので、現在の仮想デスクトップに関連する仮想デスクトップを両隣に並べてキーで行き来することはできる。しかし4つ以上の仮想デスクトップを行き来しようとするとキーを何回も押すか、サムネイルから選択する必要があるなど、操作が面倒になる。

もっとも、複数のディスプレイモニターを接続するマルチディスプレイという選択肢もある。しかし、移動中にラップトップやタブレットなどを使うときには、仮想デスクトップしか選択肢がない。基本的な機能があるのだから、これを元に使い勝手を改良したいところだが、マイクロソフトは、仮想デスクトップを操作するAPIを限定的にしか公開していない。できるのは、「ウィンドウが選択中の仮想デスクトップにあるかどうか」と、「ウィンドウを指定した仮想デスクトップへ移動(自分自身のウィンドウのみ)」、そして「ウィンドウが表示されている仮想デスクトップのIDを取得」することだけ。プログラムから行えるのは、現在の仮想デスクトップに自身を移動させるか、新しいウィンドウを開くかの2択である。

マイクロソフトのブログでは「(仮想デスクトップは、エンドユーザーのウィンドウ管理機能であり、プログラムのためのものではない](https://devblogs.microsoft.com/oldnewthing/20201123-00/?p=104476)」としている。マイクロソフトが何を考えようが、どのような機能を搭載しようと自由だが、ユーザーの受け止め方や不満とそれを解消する方法まで強制することはできない。

そもそも、PCが選択されたのはソフトウェアを作って使い勝手を向上できるという拡張性があったからこそ。PCを使わない、使いこなせない「ヤワ」なユーザーは、すでにスマートフォンに流れてしまっている。いまさら「誰にでも使いやすい」など初心者を歓迎するようなセールストークはもはや不要である。プロフェッショナル向けの「道具」として、可能性にフタをするようなことはしないでほしい。

今回のタイトルの元ネタは、フィリップ・K・ディックの“We Can Remember It for You Wholesale”(邦題「追憶売ります」ハヤカワSF文庫)である。かなり内容に違いはあるが、この作品は、映画トータル・リコールの原作でもある。この作品の中では、人工的に記憶を植え付けることが可能になっている。これが「バーチャルリアリティ」の終着点のように筆者には思える。何かを体験した記憶があるなら、それを本当に体験したのと同じだからだ。そういうわけで「バーチャル」つながりとしてこの作品を選んだ。