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映画『MORE/モア』より ©1969 FILMS DU LOSANGE

■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」

映画ファンを自認する方ならば、誰しも忘れられない「私だけの映画スター」が存在するものと思われます。

それは何も大スターや人気スターに限らず、映画史に強く刻印されることはないかもしれないけど、少なくとも自分の人生において大きな爪痕を残してくれた、かけがえのない麗しき存在として……。

私的に自白しますと、たとえば『フレンズ/ポールとミシェル』(70)のアニセー・アルヴィナ、『小さな恋のメロディ』(71)のトレイシー・ハイド、『ジェレミー』(73)のグリニス・オコナー……などなど、いっぱいいます(いすぎます!)。

ミムジー・ファーマーもそんな「私だけのスター」として、ある一定の世代やこだわりのジャンルがある方などに甘酸っぱい爪痕を残してくれたひとりでしょう。

今の若い世代にはピンと来ない名前かもしれません。

しかし、今回奇跡としか言いようのない、彼女の旧作で代表作でもある『MORE/モア』(69)と『渚の果てにこの愛を』(70)のリバイバル上映(2021年11月5日より新宿シネマカリテ他全国順次公開)には、やはり大きな喝采を贈らずにはいられません。

まずは、そのヴィジュアルをご覧いただけるだけで、この時期の彼女の独自のオーラにハッとさせられるのではないでしょうか?

そして、そのハッとさせられる以上の魅力を、これら2作は大いに発散させてくれているのです。

清純派から看護師へ転身
そして女優復帰!

映画『渚の果てにこの愛を』より ©1970 STUDIO CANAL – Selenia Cinematogrrafica S.R.L. All Rights Reserved.

ミムジー・ファーマーは1945年2月28日、アメリカ、イリノイ州シカゴの生まれ。

ハリウッドに育ち、高校在学中の16歳のときにスカウトされ、数々のTVドラマに出演し、ヘンリー・フォンダ主演の『スペンサーの山』(63)で本格映画デビューを飾ります。

当時は清純派スターとして売り出していましたが、やがて『帰郷』(65)『暴走52マイル』(66)『サンセット通りの暴動』(67・未)『デビルズ・エンジェル』(67・未)などの低予算作品に出演。

この後、一時ハリウッドを離れ、カナダのバンクーバーでLSDを使ったアルコール中毒治療を行う病院で看護師を務めていたとのこと。

(このエピソードは、その後の『MORE/モア』出演ともどこかしらシンクロしているような気もしないではありません)

半年後、女優業に復帰した彼女はヨーロッパ各国のロケ中、エリック・ロメール監督作品などの伝説的撮影監督ネストール・アルメンドロスに気に入られます。

またこれが縁となって、そのロメールとともに制作会社を興していたバーベット・シュローダー(バルベ・シュローデル表記もあり)の初監督作品でもある西ドイツ&フランス&ルクセンブルグ合作作品『MORE/モア』(69)でヒロインを演じることになるのでした。

激しい賛否を巻き起こした
問題作『MORE/モア』

ドイツからヒッチハイクでパリへやってきた青年(クラウス・グリュンバーグ)が、そこでアメリカのヒッピー女性(ミムジー・ファーマー)と知り合い、地中海イビサ島へ赴いてドラッグとセックスに明け暮れ、やがて破滅の道をたどっていくという『MORE/モア』は全世界にカウンター・カルチュアが吹き荒れた1960年代後半を象徴するかのような問題作として、公開当時は激しい賛否を巻き起こしました。

しかし完成から半世紀経った今の目線で見据えると、たとえばアメリカン・ニューシネマなどにも顕著なドラッグ感覚の映像センスは意外と薄く、むしろネストール・アルメンドロスならではのまばゆい日差しの映像美の中で愛欲に溺れていくカップルの姿が、フォトジェニックに美しく映されていきます。

当時はスキャンダラスだったであろうフリーセックス描写なども今ではさほどのものではなく、後々『運命の逆転』(90)などかっちりしたドラマを幻惑的に演出する術に長けたバーベット・シュローダー監督のセンスは、このデビュー作からも大いに窺うことが出来ます。

また本作はピンクフロイドが音楽を担当し、そのサントラ・アルバムは今なお人気を誇っていますが、映画音楽としての効果は実に秀逸ではあれ、思っていたほど多くは劇中で流れません(そのため、過剰な期待を以って本作に臨んで肩透かしを食らったという音楽ファンの声も割とよく聞きます)。

では、今の目線で見据えた『MORE/モア』の最大の魅力は何か?と問われたら、間違いなくミムジー・ファーマーその人に尽きる!と答えざるを得ないでしょう。

映画『MORE/モア』より ©1969 FILMS DU LOSANGE

もともと純朴な青年を誘惑するでもなく、いつのまにか一緒に暮らし、何気なくドラッグを勧めて破滅させてゆくヒロインに悪意などは一切なく、その意味でも彼女はファムファタルでもヴァンプでもなく、まさに「死の天使」に他なりません。

(その意味でも今回「海と太陽に愛された死の天使」という彼女のキャッチフレーズを考えついた人、すごい!)

ヌードもセックス・シーンも割とあるほうですが、その脱ぎっぷりなども実にあっけらかんとしていて、まったく扇情的ではないのです。

全体的にシンプルな印象をもたらす立ち姿や、小顔の中の凛とした表情なども、ドラッグに溺れてゆきながらもどこか無垢な佇まいの奥に秘められた理性的なものを感じさせられます。

実にインモラルなテーマを扱いつつ、めくるめく海と太陽の映像美と、その中で輝く「死の天使」ミムジー・ファーマーの姿こそは、本作を単なる反体制的ドラッグ映画とは一線を画した“映画”ならではの情感を大いに醸し出してくれているのでした。

インモラルなミステリ映画
『渚の果てにこの愛を』

『MORE/モア』のスキャンダラスな話題も含めた成功によって、ミムジー・ファーマーはそのショートカットのイメージも湛えた形でのミステリ映画『渚の果てにこの愛を』(70)に出演します。

旅の若者(ロバート・ウォーカー)がふと立ち寄ったドライブインを経営する母(リタ・ヘイワース)から「息子」と、娘(ミムジー・ファーマー)からは「兄」と誤解されてしまうことから始まる、歪み切っていて謎めいてもいる関係性を描いたミステリアスなラブ・サスペンス映画。

監督はフランス映画界で職人的才腕を奮い続け、『女王陛下のダイナマイト』(66)『チェイサー』(77)『警部』(79)など傑作も多いジョルジュ・ロートネル。

ここでユニークなのが、母を演じるのが『ギルダ』(46)や『上海から来た女』(47)など戦中戦後のハリウッドを代表するセックス・シンボルともファム・ファタールとも謳われた名優リタ・ヘイワースであること。

そう、この作品は「ファム・ファタール」の母と「死の天使」の妹に見初められてしまった男の受難劇でもあるのでした!

ここでもミムジー・ファーマーは大胆に「兄」を挑発し、濃密なラブシーンなどもあっけらかんと披露しつつ、禁断の世界を清楚ながらもミステリアスな衣で包み隠していく熱演で、イタリアのダヴィッド・ディ・ドナテッロ特別賞を受賞しています。

映画『渚の果てにこの愛を』より ©1970 STUDIO CANAL – Selenia Cinematogrrafica S.R.L. All Rights Reserved.

なお、クエンテイン・タランティーノ監督が『キル・ビルVOL2』(04)の劇中で本作のサントラを引用したことから、本作は再評価の気運が高まっていったことでも知られています。

1970年代以降の
ミムジー・ファーマー

今回は『MORE/モア』『渚の果てにこの愛を』の2作品が上映されますが、私自身は世代的にこれらの後のミムジー・ファーマー出演映画にも愛着があります。

映画『渚の果てにこの愛を』より ©1970 STUDIO CANAL – Selenia Cinematogrrafica S.R.L. All Rights Reserved.

彼女は1970年代以降、アラン・ドロン&ジャン・ギャバンと共演したジョゼ・ジョヴァンニ監督『暗黒街の二人』(73)のような名作もありますが、どちらかというとイタリアを拠点に活動するようになり、中でもダリオ・アルジェント監督『4匹の蠅』(71)やレイモンド・ラブロック共演『炎のいけにえ』(74)、『ルチオ・フルチの恐怖!黒猫』(80)のようなジャーロ系を含むホラー・サスペンスものの印象が強く、一方で前者は旅行中に殺されたヒロインの真相を究明していく『危険旅行』(74)や、ステルヴィオ・チプリアーニの音楽だけは素敵だった『コンコルド』(79)みたいに、正直ムムム…ではあるもののどこか憎めない作品もあります。

個人的には『ポケットの愛』(77)のミムジー・ファーマーが好きでした。

高級娼婦と少年の愛の交流を、性春色と青春色をムーディに絡めながら描いたアダルトな佳作だったと記憶していますが、それよりも何よりもミムジー・ファーマーが美しい!

冒頭にも記しましたように、映画の出来如何を問わず、どこかしら忘れられない(しかも、完璧に覚えてるのではなく、どこかおぼろげに、あやふやに、何となく脳裏にこびりついている)映画があり、そこに登場する映画スターがいるものと思われます。

『ポケットの愛』なども、おそらく今後DVD化も配信もされる可能性は低いかもしれませんが(ホラー系はまだ可能性高いんですけどね)、それでもどことなく彼女の美しかった姿を幻影のように覚えている、そんな気持ちを改めて思い起こしてくれるという、実に嬉しくもありがたい企画が今回のミムジー・ファーマーをヒロインに迎えた2作品の上映なのでした。

ちなみに彼女は90年代以降は女優業を引退し、何と映画の造型スタッフに転じて『チャーリーとチョコレート工場』(05)『ガーディアン・オブ・ザ・ギャラクシー』(14)『美女と野獣』(17)などのハリウッド大作に参加し続けている!

(たまにエンドクレジットで「同姓同名の人っているものだな」くらいに思ったことはありましたが、まさか彼女本人だったとは!?)

私生活でも画家・彫刻家として活動中とのこと。

かつて映画スターとして「死の天使」を演じることもままあったミムジー・ファーマーは、今も海と太陽と、そして映画に愛され続けているのでしょう。

(文:増當竜也)

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