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■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」SHORT

まもなく、2021年10月1日に『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』が公開されますが(ようやく!)、本作の原案となった戯曲「陽気な幽霊」を執筆したノエル・カワードは、007シリーズの原作者イアン・フレミングと別荘が隣同士という付き合いで、後に『007ドクター・ノオ』(62)映画化の際、フレミングはカワードをドクター・ノオ役に推薦したのだとか(カワードは俳優としても著名です。結果的にはジョセフ・ワイズマンがドクター・ノオを演じました)。

また初代ジェームズ・ボンドに抜擢されたショーン・コネリーは、007のファッションなどに関してカワードに意見をうかがったりしたとも伝えられています(カワードは1920年代のファッション・リーダーでもありました)。

そして本作の霊媒師役で登場するジュディ・デンチ(好演!)は、もちろん007シリーズのM役でも有名ですね。

(あ、そういえば本作には007シリーズの撮影所としても有名なパインウッド・スタジオも出てきます。アルフレッド・ヒッチコック監督の新作をこれから撮るという設定になっていましたが、それって『第3逃亡者』かな? 本作の時代設定が1937年なので)

冒頭からいきなり話が脱線しているようですが、このように20世紀前半のブリティッシュ・カルチュアを大いに牽引したノエル・カワードの代表作「陽気な幽霊」を、人気英国ドラマ「ダウントン・アビー」のエドワード・ホール監督&マシュー役ダン・スティーヴンスのコンビで現代に蘇らせたのが本作です。

ホール監督は舞台演出家としても知られていますので、カワードの世界を映像化するのもひとつの夢ではあったことでしょう。

戯曲そのものは1941年に記されたものなので、今回はより現代的にアレンジされていますが、そうなるとやはり際立つのが後妻と幽霊の先妻との確執などから醸し出されていく女性たちの強さであり、男の情けなさ。

本作はそういった点を徹底的に辛辣なブリティッシュ・ジョークで描出していきますが、同時にアール・デコ調の豪邸を中心とする1937年イギリス富裕層のゴージャスな再現など、視覚的なお楽しみも満載で、華麗な色彩美の数々にも目を見張らされます。

「陽気な幽霊」そのものは、後に『アラビアのロレンス』を撮る巨匠デヴィッド・リーン監督のメガホンで1945年に映画化されています(こちらも絢爛豪華な総天然色=カラー映画)。

リーンはノエル・カワードとの共同監督作品『軍旗の下で』(42)で監督デビューしており、その後もカワードの短編戯曲「静物画」を原作に『逢びき』(45)を発表するといった縁があります。

またカワードは反戦主義者であったことから戦時中は非国民扱いされたりもしていましたが、1945年に終戦となるや『陽気な幽霊』『逢びき』などが一気に映画化されていったのでした。

本作はそんなノエル・カワードの世界の現代的再生であり、それゆえに第2次世界大戦直前の1937年を舞台に据えることで、イギリスにまだ大らかな自由があった時代へのエールを贈っているのかもしれません。

(文:増當竜也)

『ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!』作品情報

【あらすじ】
ベストセラー作家として名を馳せるチャールズは、スランプから抜け出すために、霊媒師マダム・アルカティに頼んで、事故死した最初の妻エルヴィラを呼び戻す。実は彼の小説は全て、生前エルヴィラが生み出したアイディアを書き留めただけのもの。チャールズは、ハリウッド進出のチャンスをかけた初脚本も、彼女の力なしではムリだと思い知ったのだった。エルヴィラは夫との再会を喜んだのも束の間、自分は幽霊で、チャールズには新しい妻ルースがいると知ってショックを受ける。それでもチャールズに頼まれるままに“共同”制作するうちに、楽しかった日々がよみがえる。やがてエルヴィラは、このまま脚本が完成しなければいいと願うのだが、この世にいられる期限は刻一刻と迫っていた──。 

【予告編】

【基本情報】
出演:ダン・スティーヴンス/レスリー・マン/アイラ・フィッシャー/ジュディ・デンチ

原案:ノエル・カワード

監督:エドワード・ホール

脚本:ニック・モーアクロフト/メグ・レオナルド/ピアース・アッシュワース

上映時間:100分

製作国:イギリス