2024年10月、「カシオ時計事業50周年」と「OCEANUS20周年」を記念して登場したダブルアニバーサリーモデルManta「OCW-SG1000ZE」。世界限定350本で発売された本作には、新作ムーブメントの動力として「ガリウムタフソーラー」が採用された。「ガリウム」とは? 通常のタフソーラーとは何が違うのか? 注目の先進技術について、カシオ計算機株式会社(以下カシオ)開発陣に聞く。
5倍の発電効率
お話を伺ったのは、「OCW-SG1000ZE」の商品企画を担当された黒羽晃洋氏と、時計の中身であるモジュール全般の設計を担当された國見遼一氏。
黒羽氏「OCEANUSは近年、江戸切子やサファイアガラスベゼル、オシアナスブルーなど外装や質感表現の技術進化が注目を集め、多くの支持をいただいています。そこで今回のダブルアニバーサリーモデルでは、時計の中身に着目し、ムーブメントの進化もアピールしていくべく開発に至りました」
思えば、OCEANUSには電波ソーラーをはじめマルチモータードライブ、スマートアクセス、遮光分散式ソーラー、インダイヤルソーラーなど、カシオのアナログ技術の最高峰を先駆けて搭載してきた歴史と実績がある。そこで、今回はガリウムタフソーラーなる特殊技術に挑戦しようというのだ。
では、ガリウムタフソーラーとは何なのか。
黒羽氏「いわゆるソーラーは半導体で発電し、基盤素材にシリコンを使うことが多いです。一方、ガリウムタフソーラーは発電する半導体にガリウム化合物を使用しています。ガリウムは、非常に高性能で一般的なソーラーに比べて同面積で5倍以上の発電効率が上がるものの、レアメタルなのもあり、非常に単価が高いです。それもあり、ガリウムソーラーは一般的民生品というより、人工衛星の動力など宇宙開発用に使われることが多いです。実際、2024年に日本初の月面着陸に成功したJAXAの無人探査機『SLIM』にも使用されていました」
宇宙開発! 衝撃的な言葉に驚く。ちなみに「OCW-SG1000ZE」には、「SLIM」で使用されたシャープ株式会社(以下シャープ)製のガリウム化合物ソーラーを時計用にカスタマイズしたものが使用されているそう。
黒羽氏「シャープさんは宇宙開発だけでなく、住宅用のソーラー発電などでも多くの実績を持つ心強いパートナーです。時計用へのカスタマイズの一例として、人工衛星では太陽光で最大の発電効率を得るようにガリウム化合物を組み合わせていますが、腕時計向けでは室内灯でも発電ができるよう組み合わせを変更しています。また、電極の位置を腕時計の部品実装の都合に合わせて調整していただいたりしています」
今回は「ガリウムソーラー」ではなく、「ガリウムタフソーラー」といっているが、耐久性についてはどうなのだろうか。
黒羽氏「ガリウムソーラーセル自体の耐久性も高いです。何しろ人工衛星では宇宙空間で、しかもセルが露出した状態で搭載されていますから。耐熱、耐紫外線、耐放射線など、どの面でも信頼性が高いので、お客様にも長く使っていただけると思います」
ガリウムソーラーを民生機器で実用化したのはカシオの時計だけ!
では、実際のソーラーセルを見てみよう。通常の時計用ソーラーセルは円形だが、「OCW-SG1000ZE」のガリウムソーラーは弧の形。サイズ(面積)も小さく、縁がムーブメントのケースに添うようにセットされている。
黒羽氏「この面積でも、腕時計に必要な電力を発電する十分な能力があります。さらに、晴天時のような高照度の環境下だと2次電池への充電速度も速いです」
ガリウムタフソーラーは、通常のソーラーの約2倍以上の発電効率があるので、必要な発電量から考えれば、セルの大きさも2分の1以下で済む。これら多くのメリットは、時計のデザインそのものにも大きく影響していると國見氏はいう。
國見氏「ダイヤルの周囲を大きく開孔して、そこからの光がソーラーセルに届くようになっています。ダイヤルとセルの間には日車があるので、上手く光を届けられるように数字の並びをシミュレーションして、ソーラーの形状を決めました」
そこには、時計用のソーラーの特性が関係している。一般的に時計用のソーラーはピザのように並べた複数のセルで構成されるが、そのうちの1枚に偏って針の影が落ちると、他のセルまでそれに合わせて発電効率が低下してしまうのだ。
そこで、セルを渦巻のような形にカットし、針の影を複数のセルにまたがらせることで解決したのがカシオ独自の「遮光分散型ソーラーセル」であるが、この数字の並びにも遮光分散型ソーラーセルの考えが活かされている。
黒羽氏「1~9日に比べて20~31日は文字の隙間が狭く、影が大きい日が連続します。そこで、影が大きくなる数字の隣に影が小さくなる数字を並べて、できる影の面積を平均化しました」
國見氏「他にもデザイン部からは、日車の数字のフォントの太さとか、日車の枠と数字を繋ぐゲートの形状といったリクエストが来ます。しかし、先に述べた影の問題に加え、耐久性や重量の問題、さらには、この日車は金属製で加工も難しくて……。
普段は中身の見えない部分の設計なのでデザイナーとのやりとりはあまりないのですが 、今回はそう簡単にはいきませんでした。デザイナーと何度もコミュニケーションとり、トライ&エラーをしながら進めていったんです。こういった形もないわけではありませんが、少なくともソーラーのために各部署があれほど協議した例はないですね」
その結果、宇宙産業の技術を応用し、機能的表現とインパクトを両立した斬新なビジュアルが完成した。まるで機械式時計のスケルトンモデルのように奥行きのある、立体的で高級感を感じさせるデザインである。
この日車が見える構成に見覚えがある方もいるだろう。そう、今年、G-SHOCK40周年を記念して世界1本の限定で発売された18Kイエローゴールド製のDREAMPROJECT「G-D001」だ。
黒羽氏「そう、『G-D001』もガリウムタフソーラーを使用していました。ただし、あのモデルは販売したとはいえ世界で1本の特別な工程で組み立てられたモデルです。しかし、『OCW-SG1000ZE』は世界350本限定ながら量産モデルといえます。山形カシオのプレミアムプロダクションライン(PPL)で量産するために、組み立て工程も含めてさまざまな部分を見直しました」
國見氏「一般的なソーラーモデルはまずムーブメントを完成させて、これにソーラーセルを敷いて時計の本体に収めます。ですが、これでは『OCW-SG1000ZE』のソーラーセルは組み込めません。そこで、普段と異なる組み立て工程を山形カシオのメンバーと試行錯誤し、最適なオペレーションを確立しました」
この柔軟な対応能力がなければ、今回のような新技術への挑戦は難しい。だからこそ、ガリウムタフソーラーは研究機関で試作・検証されているものが多いものの、現在実用化しているものはかなり少ない。カシオの底力を感じる。
その技術ノウハウは今後も継承されて行くことだろう。飛躍的なポテンシャルを秘めた「Elegance,Technology」に再会できる日を楽しみに待とうではないか。
[PR]提供:カシオ計算機株式会社