今年もオーディオイベント「春のヘッドフォン祭」の季節がやってきました。同イベントでは発表されたばかりの新製品がキービジュアルを飾るのが恒例となっており、今回ピックアップされた製品のひとつがBrise Audioの「FUGAKU」。見たところポータブルアンプに接続されたイヤホンのようですが、なんと参考価格が250万円(!)という超ド級の製品なのです。高級イヤホンになじみのない方は驚かれるかもしれませんが、なじみのある筆者も仰天しています。どういうことなの……!?
そんな大注目のFUGAKUを、4月27日に都内で開催されたヘッドフォン祭会場で試聴してきました。どのような技術が使われて、どのような音質に仕上がり、この価格に至ったのか。それを感じたファーストインプレッションをお届けします。
FUGAKUのキモは「専用マルチアンプ+多ドライヤホン」の合わせ技にあり
FUGAKUを紹介する前に、Brise Audio(ブリスオーディオ)というブランドについて簡単に触れておきます。Brise Audioは2015年に設立された、さまざまなオーディオ用ケーブルを手掛けるブランド。ホームオーディオ環境の構築から、イヤホンのリケーブルまで、今や「ケーブルの交換」を意識するユーザーなら誰もが知るブランドといっても過言ではないでしょう。
そんなBrise Audioですが、イヤホン製品の発表は今回が初。しかもそれが、数あるイヤホンの中でも並び立つものがない価格で発表したということに、同社の自信、そして“気迫”に近いものを感じます。
それでは、FUGAKUの詳細を紹介していきましょう。ここまで「イヤホン」として紹介してきましたが、厳密には「イヤホン+専用ポータブルアンプ+専用ケーブル」を組み合わせた製品であり、“アルティメットポータブルオーディオシステム”と称されています。
「高級なポータブルアンプとイヤホンなんてこの世にいくらでもあるじゃないか?」と考える人も多いでしょう。しかし、FUGAKUが既存のポータブルオーディオと比較して唯一無二である点、それは「ハイブリッドドライバー構成」かつ「フルアナログマルチアンプ方式」であることです。
FUGAKUでは、超高域用MEMSスピーカー1基、高域/中域/中低域用のバランスド・アーマチュア(BA)ドライバー計5基、低域用ダイナミックドライバー2基の8ドライバー5ウェイ構成を採用しています。ポータブルオーディオ業界で注目を集める「MEMSスピーカー」を採用していることも特徴のひとつですが、同様に複数のドライバーユニットを搭載した、いわゆる“多ドラ機”自体は珍しくありません。重要なのは、複数のアンプで各ドライバーを駆動しているということ。
一般的に複数のドライバーを搭載したイヤホンは、イヤホン内にパッシブなクロスオーバー(帯域を分割するフィルタ)を搭載しています。すべての音がいったんイヤホンに届き、イヤホンの内部で音域に合わせて各ドライバーへと振り分ける、というイメージです。
これに対してFUGAKUでは、ポータブルアンプ内のアクティブフィルタによってあらかじめ帯域が分割され、分割された帯域に対応するアンプが、各ドライバーを個別に駆動させています。これは従来の汎用的なステレオミニプラグやバランス接続端子では構造上不可能であり、専用アンプが付属するオーディオシステムならではの設計といえます。
ポータブルオーディオにおいて、こうしたアクティブ・クロスオーバーを採用するシステム自体はまったく例がないわけではないものの、アンプ部がフルアナログで構成されているのは世界初とのこと。デジタルの規格に左右されず、ポータブルオーディオプレーヤーが進化しても安定して使い続けられる点もメリットといえるでしょう。
外観をチェック
さあ、それでは実物をチェックしていきます。
ポータブルアンプ部はBrise Audioの「TSURANAGI」に近いサイズ感で、入出力端子とボリュームだけのシンプルなデザイン。独自のシステムを採用しているにも関わらず、一般的なポータブルアンプと変わらないサイズなのは驚きですし、実際に運用する上でも使い勝手が良さそうです。イヤホンとケーブルは片側6ch+GND(グラウンド)の7ピンのコネクタで接続され、アンプ側との接続には9ピンのコネクタ×2が使われています。
ポータブルオーディオプレーヤーとの接続は、その横に並ぶ4.4mm 5極端子、もしくは3.5mmステレオミニプラグで行います。今回の試聴用の機材には、Astell&Kernの「ACRO CA1000」(29万9,980円/2022年発売)を使用。公式サイトの対応表には記載がなかったものの、その場でテスターで確認してもらったところ、4.4mm 5極プラグで問題なく接続できました。
イヤホンを手に取ってみると、チタン製ならではのズシリとした重量感があります。全体像としてはややゴツめの印象を受けるかもしれませんが、イヤホン本体だけを見てみればそれほど大きさがあるわけでもなく、装着感は良好で耳にスッとなじみます。イヤーフックのおかげで重さもそれほど感じません。
総額280万円近いシステムで、FUGAKUの音を聴く
まずは接続の確認も兼ねて、と再生したTAKU INOUEの『3時12分』に、思わず指を止めて聴き込んでしまいました。再生してすぐに感じられたのが、音の一体感。たとえば低域ひとつとっても、力強く太いアタックでいて、かつまったくボワつかず引き締まっている、DD(ダイナミックドライバー)らしいキレとパワー感が同居する響きであることがわかります。星街すいせいさんの伸びやかなボーカルも美しくハリがあり、強弱の繊細な表現も手に取るように伝わってきます。
ミドルテンポながらリズミカルで、ダンスミュージックらしい重厚なシンセやエレキギターのサウンドが重なっていく、音数の多いサビも緻密に描ききっており、各帯域に対してそれぞれのドライバーのポテンシャルが巧みに引き出された音作り。そんな多ドラらしい情報量と分離感の良さをビシビシと感じつつ、それらが散らかっている感じはまったくありません。空間の一体感として見事にまとまっている全体の完成度の高さは、まさしくアクティブクロスオーバーによるシビアなバランスの賜物でしょう。
次に「ゼルダの伝説コンサート2018」のアルバムから『ブレス オブ ザ ワイルドより「メインテーマ」』を再生。オーケストラによってさらに顕著になる音場感は、演奏のスケール感に対する窮屈さをみじんも感じさせず、極めて緻密かつ広大な描写を実現しています。
ただいたずらに広いわけでもなく、遠く小さな音源ひとつひとつが質量を伴って定位しており、空間そのもののリアルさが際立ちます。コーラスの人数感や、艶のあるブラスの厚み、ピアノの凛とした響きなど、どこに意識をフォーカスさせても美しく、生音のディテールをなぞるように聴き込む楽しさが次々と湧いてきます。
続いて、RADWIMPSの『すずめ feat.十明』を再生。リバーブがかった印象的なブレスとアカペラから始まる楽曲ですが、そんなボーカルの息づかいやニュアンスのリアルさに引き込まれます。
各ドライバーの優れた出音とバランス感があるだけに、音数の多い音源の再現性にインパクトを受けがちですが、逆にシンプルなシーンであっても、その絶対的な実在感が色濃く浮かび上がります。曲が進むにつれて荘厳なアレンジが進んでいきますが、打楽器の叩きつけるようなアタックの震えも、まるで全身で受けている錯覚を感じるほどで、その世界観に瞬く間に没入していくパワーを感じずにはいられません。
さあ、次は何を聴こう……とアルバムを選んでいるところで、残念ながら今回の試聴はタイムアップ! なんと無情な、と感じてしまうほどに名残惜しく、次の試聴の機会が待ちきれません。会場で実際に耳にしたユーザーの方々も同じように感じられたのではないでしょうか。
Brise Audioの公式X(旧Twitter)によれば、これからも試聴の機会を設けるとのことですので、興味を持った方はぜひ情報をチェックしてみてください。
(編注:FUGAKUは2024年5月受注開始、同年8月以降に出荷開始予定)
以上、Brise Audioのアルティメットポータブルオーディオシステム「FUGAKU」のご紹介でした。今後も基板に改良を加えるとのことで、ここからさらなるブラッシュアップが待っているを思うと楽しみでなりません。また、250万円という価格はなかなか現実的に検討できない……と感じる方も多いかもしれませんが、今回の研究開発で培われた技術やノウハウをもとに、廉価版などの製品展開にも期待したいところ。なんにせよ、登場からこれだけの衝撃を与えた本製品だからこそ、今後も多くの注目が集まりそうです。
工藤寛顕
くどうひろあき
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