永野芽郁が「あの時の自分がやれることは全てやった」と振り返る主演作『マイ・ブロークン・マリコ』。平庫ワカ氏のコミックを『百万円と苦虫女』『ふがいない僕は空を見た』のタナダユキ監督が映画化した同作で、永野は、気迫あふれる演技を見せて新境地に達している。
魂の片割れを亡くした主人公が、その遺骨を抱いて旅に出る……。タバコをふかし、やさぐれた雰囲気を全開にした主人公・シイノを演じた永野。これまでまっすぐで愛される役柄が多かった彼女のイメージからは180度異なる挑戦となった。「自分が作品の世界観を壊してしまうんじゃないか」と常にプレッシャーを感じていたという永野が、シイノの絶対的な存在・マリコを演じた奈緒との関係や、本作への挑戦、完成報告試写会での涙のワケなどを語った。
■ポスター写真、マリコを抱くシイノの目が赤いのは
――とても素敵なポスターです。
私もすごく好きです。表裏ありますが、どちらとも「ポスターを撮ります」と決めて撮ったわけではないんです。奈緒ちゃんと撮ったものも、岬で「じゃあ、今写真撮っておこうか」という軽い感じで、バッと撮った中の1枚ですし、私ひとりのものも「今いい天気だから」くらいの感じでした。原作だとタバコを咥えているんですけど、映画のポスターとしては、「タバコを咥えないほうが、もしかしたらシイノの真の強さが伝わるかもしれないね」と。映画ならではのこだわりを感じますし、これまでの作品のなかでもすごく好きな、大事にしたいポスターになりました。
――表情の指定などはあったのですか?
細かい指定はなにもありませんでした。ふたりで撮ったときは、すごくマリコを近くに感じたくて後ろから抱いていますが、それは幻影のマリコで、実際にはもう触れられない。若干目が赤く涙ぐんでいる感じなのは、それもあってです。さらに「こんな世界だけど生きていかなきゃいけない」みたいな覚悟とか、いろんなことを頭の中で考えていました。
――新境地と言える役柄です。
タナダ監督に「無理かもしれないです。できる気がしないんです」とずっと言っていたんです。クランクインの日にも言ってました。でも「なんで? 芽郁ちゃんしか考えられないから大丈夫。絶対にできる」と何かあっけらかんと言ってくださって。説得でもなく、お世辞とも違う、ただただまっすぐに言ってくださった。監督のパワーにはいつも背中を押されて、「なんとか乗り越えられる」と感じていました。
――マリコを演じた奈緒さんの存在も大きかったのかなと思います。奈緒さんとは連続テレビ小説『半分、青い。』で親友を演じられていて、今回もお互いに特別な存在だとお話されています。
今回の原作は私も好きでしたし、前向きに考えたかったけれど、ちょっと難しいとも思っていました。でも「マリコは奈緒さんにお願いしたいと思っています」と聞いたので、連絡を取り合って、「頑張って挑もう」と最初からふたりで決めて始まりました。私がマリコを守るシイノのようになる時もありましたが、私が弱音を吐いて怖がっていたところを、奈緒ちゃんが「芽郁ちゃんなら大丈夫」とすごく勇気づけてくれて、役とは関係性が逆転するときもありました。お互いに支え合いながら過ごせたのは、奈緒ちゃんだったからだと思います。
■「この世界観を壊すとしたら私だ」と思ってしまった
――完成報告試写会の舞台挨拶での涙が話題になりました。
あの日は、朝から絶対に泣くなと思っていたんです(苦笑)。改めて、やっぱりすごい挑戦だったんですよね。勝手に自分にプレッシャーをかけて挑んでいた部分もありましたし、それが完成して、いよいよ一般の方に観ていただける。すごく嬉しいのと寂しいのとで泣いちゃいました。
――自分にプレッシャーをかけていた。
原作がとってもいいですし、脚本も原作をリスペクトして作られた素敵な脚本だったので、「この世界観を壊すとしたら私だ」と思ってしまったんです。でも絶対に壊したくないし。自分の中にある表現力で、この作品ができるかなという不安を抱えながらやっていました。いまだにまだもっとできたんじゃないかと思うときもありますけど、すごく素敵な作品に参加できてよかったなと思います。
――ファンの方が永野さんに抱く“イメージを壊すかも”といった発言もされています。
世間の皆さんが抱く私のイメージとシイノがきっと違うだろうことは、自分でも理解していて、そこに挑戦するからには絶対に「こんな姿もあるのね」と思ってもらえるようにしたかったんです。でも日常の自分に近いわけじゃないので、「できない確率のほうが高いんじゃないか」と思いつつ、違う人が演じてるのを見るのも悔しい。ものすごく葛藤がありました。これまでは自分と近い気がする役柄が多かったんです。でも今回は理解できるところもあるけれど、私が入っているのがイメージできない世界観だったので、私が入ることによって壊してしまわないかが、とにかく一番大きな不安でした。
――そうした中で実際にクランクインして、シイノを特に強く感じられた場面はありますか?
マリコの父親に包丁を突きつけるシーンがすごく印象的でした。めっちゃ緊張してたんです。原作のコマを見て、こんな表情作れるかなとか。ドスの利いた声だけど、すごく核心を突くような声。それを自分が出せるかなとすごく緊張していて、本当にガタガタ震えながらやりました。でもあのとき、現場の空気も一気に変わりましたし、私自身、シイノという人をようやくしっかり掴めた気がしました。あのシーンからまたひとつギアが入った感じでした。
■一見違うようでいて、シイノと永野に通じる同じバイブス
――旅先で出会った、窪田正孝さん演じるマキオとの駅のホームでのシーンもとても残っています。マキオがシイノにかけた言葉は、永野さん個人として何を感じますか?
マキオさんとの出会いで、シイノはすごく救われるんですよね。窮地に立っているときに救ってくれる人の言葉って、絶対的に大事だし、響くものがある。あの言葉は、あの時はシイノとしてしか聞いていなかったのですが、でもきっと私の中でも、これから先、いろんなことが起きていくなかで、たまに思い出す言葉なんだろうなと思います。
――続くお弁当を食べるシーンも、生きていく強さを感じて素敵でした。
あそこは、最初に「すごい勢いで食べてほしい」と監督から言われて、「わかりました」とテストでお弁当を食べ始めるまでの動きをしてみたら、一連の動きが、監督が思ったよりもすごく早かったみたいなんです。それで最初はカットを割って撮る予定だったのが、ワンカットでの撮影になったんです。列車が動く中での撮影だったので、NGになったらまた一周列車を待たないといけないので、すごく集中して撮りました。
――今回、監督がシイノの劇伴にギターを選んでいます。永野さんもギター好きですし、特にロックやソウルがお好きなので、そうした体の奥に流れているバイブスは、実はシイノと通じるところがあるのでは?
確かにそうですね。もともとソウルミュージックが好きでかっこいいと思っていて、そこからいろんな楽器を始めたりしているので、乱雑だけれど柔らかいような、複雑な感じが奥に流れているのはシイノと似ているところがあるのかもしれないです。あとシイノは何か低音な感じがします。ギターも素敵ですが、ベースっぽくもあるのかなと。周りからは弾き鳴らすギターに見えるかもしれないけれど、実は一歩引いて後ろで音を鳴らしてちゃんと調和している。シイノには、実はベースっぽいところもあるんじゃないかなと感じます。
――最後に改めて一言お願いします。
あの時の自分がやれることは全てやったと思っています。この作品を観て、これまでの私のイメージとは違うと驚かれる方もいらっしゃると思いますが、こういう姿もあるんだな、こういう世界もあるんだなと思ってもらえたらいいなと思っています。それと私のことを見てというわけではなく、すごく素敵な作品ですし、こうやって喝を入れてくれる映画ってあまりない気がするので、ぜひ映画館で観てもらいたいです。
■永野芽郁
1999年9月24日生まれ、東京都出身。2009年に映画デビュー。2015年の『俺物語!!』でヒロインを務め脚光を浴びる。17年には『ひるなかの流星』で映画初主演。18年には、NHK連続テレビ小説『半分、青い。』でヒロインに抜擢された。21年の映画『そしてバトンは渡された』で第45回日本アカデミー賞優秀主演女優賞、同作と『地獄の花園』で、第46回報知映画賞、第64回ブルーリボン賞主演女優賞を受賞。その他の主な映画出演映画に『帝一の國』(17年)、『君は月夜に光り輝く』(19年)、『仮面病棟』(20年)、『キネマの神様』(21年)など。公開待機作に戸田恵梨香とW主演の『母性』(11月23日公開)がある。