データストレージの世界的企業であるSeagate Technology(以下、Seagate)は、2030年までに100%再生可能エネルギーによる電力供給に転換するとともに、2040年までにカーボンニュートラルを実現する意欲的な目標を掲げている。「今後、世界のデータ生成量が爆発的に増加することが予想されており、CO2排出に与える影響も少なくない。これは、Seagateが貢献できる領域が大きいということでもある」と語るのは、Seagate Technology ビジネスサステナビリティおよびトランスフォーメーション担当上級副社長のジョアン・モツィンガー(Joan Motsinger)氏だ。そして、Seagate の取り組みは、日本の企業にも参考になる部分が多いという。Seagateのサステナビリティ戦略について聞いた。
Seagateは、企業全体の基本戦略として3つの指針を打ち出している。
ひとつめは、厳選された製品投資や比類ない顧客体験の提供、パートナーシップの強化などによる「戦略の推進(Drive Our Strategy)」、2つめは、大容量データの保存、管理などを通じた業務遂行や、顧客サービスを提供することによって、新たなイノベーションを支援する「市場をリード(Lead Our Markets)」、そして、3つめが、イノベーション、インテグリティ、インクルージョンというSeagateの価値観を通じて、競争優位性をもたらす文化を浸透させる「価値観を体現(Live Our Values)」である。
特筆されるのは、3つめの「価値観の体現」を基本戦略のひとつに位置づけ、そのなかで、ESG(環境、社会、ガバナンス)への取り組みを、重要なポイントにあげている点だ。
ここでは、「持続可能なデータ環境(データスフィア)の構築」を掲げ、ESGのE(環境)では、2030年までにすべての製造拠点、研究開発拠点において100%再生可能エネルギーを導入することと、2040年までにカーボンニュートラルの実現を目指することを掲げている。また、S(社会)では、DEI(多様性、公平性、包括性)および人権を尊重する姿勢を強調。G(ガバナンス)では、企業のセキュリティリスク管理に注力することをあげている。そして、これらは、SDGsの活動にも連携するものになるという。
Seagate Technology ビジネスサステナビリティおよびトランスフォーメーション担当上級副社長のジョアン・モツィンガー(Joan Motsinger)氏は、「Seagateは、人や地球、そして、繁栄に対して、インテグリティ(真摯)な価値観に基づいた文化を持っており、これが、当社の競争優位性につながっている。長期的な繁栄に向けて、パートナーとともに、人や地球に対して価値を提供し、貢献していくことになる」と語り、「顧客、パートナー、サプライヤーと連携しながら、共通の理解を作り上げ、いかにこの目標を達成していくかということに取り組んでいる。コミットしたことを実践し、業界をリードし、ESGに関わる取り組みをグローバルに進化させるとともに、これを市場戦略に組み込み、透明性を持った形で活動を行っている」と語る。
Seagate Technologyは、先にも触れたように、2030年までにすべての製造拠点、研究開発拠点において100%再生可能エネルギーの導入と、2040年までにカーボンニュートラルの達成を目指している。
「温室効果ガスの削減は、スコープ1およびスコープ2だけでなく、スコープ3を含めたバリューチェーン全体で取り組んでいくことになる。とくに、スコープ3はSeagateにとって最大の挑戦になり、野心的な目標となる。バリューチェーン全体で、温室効果ガスの排出量をできる限り抑え、その上で、炭素削減プロジェクトを通して、オフセットすることに取り組む」と語る。
Seagateでは、経営陣自らが、持続可能性に対して強いコミットをしている。
SeagateのCEOであるデーヴ・モーズリー(Dave Mosley)氏は、「Seagateは、グローバルシチズンシップのリーダーであると同時に、提唱者であり続けることを目指し、その取り組みに透明性を持たせながら継続的な改善に努めていく」と、Seagateの基本姿勢を示す。
Seagateにおいては、持続可能性が、リーダーの長期報酬計画に反映されており、Seagateのリーダーであるためには、地球環境の保全と、長期的な繁栄のバランスが求められているというわけだ。
それを裏づけるように、Seagateでは、これまでにも持続可能性の実現に向けて様々な取り組みを行ってきた経緯がある。
過去20年間に渡って、水やエネルギーの利用、廃棄物について、その取り組みを公表したり、この15年間では、3TGやコバルトなどの主要な鉱物に関する透明性に取り組んできた。さらに、約10年前からは、製品が及ぼす環境への影響を分析し、材料の毒性や金属使用の影響、水の枯渇についても状況を把握。さらに、5年間に渡って、エネルギー利用に関するモデリングを行い、温室効果ガスの削減については、科学的根拠に基づく目標を設定し、それを目指した活動を行っている。
「Seagateは、元素周期表で示される元素のうち、61種類の元素を使用しており、製品原料抽出から廃棄までの間、環境に与える影響を特定するためのライフサイクル評価を、標準的な手法を使って、すべての製品ファミリーに採用し、これをウェブサイトで公開している。透明性を担保しながら、継続性を重視して取り組んでいる。これによって、気候変動や人に対する毒性、金属の枯渇、水の枯渇といった分野での課題解決につなげている」
同社の「グローバルシチズンシップ年次報告書報告」によると、2021年度においては、有害廃棄物の84%を転用、埋め立て処分をしていた非有害物質の87%を転用しているという。また、2.3万MWhのエネルギーを削減し、計画していた1万MWhを大きく超える結果になったという。
さらに、サプライヤーの71%は炭素削減目標を設定しており、Seagateの4万人の社員、7つの製造拠点での取り組みとも連携していることを示しながら、「より多くの目標を達成したり、より循環性の高いモデルへと移行したりするためには、自社のなかの活動に留まっていてはいけない。Seagateは、顧客やパートナーとの連携によって、より高いレベルの循環性を実現しなくてはならないと考えている」とする。
Seagateを取り巻く環境は、大きく変化しようとしている。
その最大の要素が、データが爆発的な勢いで増加し、Seagateの主力製品であるハードディスクに対する需要増大に、さらに拍車がかかっているという点だ。
IDCの予測によると、2022年から2026年にかけて、世界中で生成されるデータ量は2倍以上の規模になり、2026年には、全世界で221ZBのデータが生成されると予測している。
モツィンガー上級副社長は、「クラウドストレージの90%を占めるのがハードディスクであり、そのほとんどがハイパースケール環境にある」と指摘しながら、「ますます増大するハードディスクの需要に対して、サステナブルという観点からも、Seagateが果たす役割がより重要になっている」とする。
たとえば、製造プロセスでは、工場での冷却剤や洗浄剤として水を使用。ハードディスクの生産量の増加に伴い、製造工程で使用する水の量も増加している。Seagateでは、水の再利用を促進するための措置により、ここ数年間で大幅な改善を達成。水のリサイクルは前年比で9%増加しているという。
現時点で課題となっているのが、使用済みのハードディスクの多くが廃棄されており、部品のリサイクルや転用が行われていないということだ。
「ハードディスクに関わる業界全体で、環境に対するインパクトを削減する方法を探る必要がある。持続可能性を追求するために、製品設計、原材料調達、製造、出荷、利用、処分といったあらゆる段階を対象にする必要があり、同時に市場戦略やデータ戦略全体にも持続可能性の視点を組み込まなくてはならない。また、ハードディスクの修理、再生、再利用、回収、リサイクルといった観点からも仕組みを構築する必要がある」と指摘する。
すでにSeagateでは、ハードディスクに対する持続可能性への取り組みを開始している。
たとえば、ドライブそのものの寿命を延ばすために、エンジニアリングプロセスを改善し、ドライブの耐用年数を延ばすための品質向上に対して投資。さらに、修理体制も強化し、ゼロタッチ修理という独自の仕組みを実現している。品質向上や修理体制の強化も、環境対応につながる取り組みだ。
「しかし、ドライブに寿命が訪れると、循環性を実現するためのプロセスを活用しなくてはならない。そのためには、パートナーを巻き込む必要がある」とする。
Seagateでは、現時点で、年間100万台のドライブ回収しており、600メトリックトンの電子廃棄物を削減しているという。さらに、Seagateでは、製品引き取りプログラムを用意。これを、コンシューマ利用が多いシンガポールと台湾で開始し、今後、日本を含めて対象地域を拡大することを検討しているという。
「製品引き取りプログラムでは、ドライブ消去に関しても、お客様の信頼を獲得する必要があり、それによって、製品の買い取りを促進し、不要なシュレッダー作業を回避できるようになる」とし、「100万台の回収規模は、Seagateの出荷規模から見ると、決して大きな数字ではない。最終的には製品の100%を回収するところを目指していかなくてはならない」とする。
一方、HDDのリサイクルや再利用に対する取り組みも開始している。
ここでは、VCMAを再利用し、これを新たなハードディスクに組み込んで出荷したり、希少材料を利用した部品を取り出して、再利用するといったプロセスを用意している。
「現在、ハードディスクの使用されている部品の11%がリサイクルしたものであり、これを50%にまで高めたい」とする。
また、材料の回収では、レアアースやアルミニウムのリサイクルにパートナーとともに取り組んでおり、今後はガラスなども対象にしていく考えだという。
「こうした取り組みを通じて、ハードディスク製品による環境へのインパクトを削減することができる。より持続可能な未来に向けた製品ライフサイクルの延長、再利用性を考慮した設計、修理や再販、部品再利用、材料回収など、循環型サイクル全体において、パートナーおよびサプライヤーとのエンゲージメントを継続していく。ひとつの会社でできることには限界があり、業界全体、社会全体として取り組む必要がある。これは複雑であり、難しいことであるが、業界が連携して取り組むことで、長期的なビジネスの持続可能性を実現できる」と語る。
Seagateは、業界大手2社とパートナーシップを組んで、サステナブルへの取り組みを行っていることを示す。
ひとつはデル・テクノロジーズである。
デルでは、Seagateの使用済みハードディスクから部品を抽出。その部品をSeagateのサプライチェーンの上流に戻し、原材料の再利用につなげている。すでに、廃磁石のリサイクルは1.1トンに達し、使用済みハードディスクから39.4トンのアルミニウムをリサイクルし、レアアースは1.1トンを回収しているという。
もう1社がグーグルである。同社のデータセンターで活用しているハードディスクの部品をリサイクルしており、新たな製品に使用。これにより、温室効果ガス排出量で86%の削減を実現しているという。
「部品を再利用することは、Seagateの将来の製品にとっても重要であり、貴重な材料を再利用することができなければ、価格が上昇し、供給が不足するということにもつながる。再利用し、リサイクルすることが重要であり、これはSeagateの成功にもつながり、業界全体の成功にもつながる」と述べた。
Seagateのホームページでは、製品ごとに、LCA(ライフサイクルアセスメント)に関する情報を明確に示している。
ハードディスクおよびSSDに関して、原料の抽出から製造、輸送、使用、廃棄まで、環境負荷に対する詳細な情報を開示。これによって、利用者自身も環境への貢献を推し量ることができる。いわば、スコープ3における影響を算定しやすい土壌を作ることができているともいえる。今後、ラック向け製品やコンシューマ製品についても、LCAに関する詳細情報を開示していくことになるという。
気になるのは、ハードディスクとSSDのどちらが環境に優しいのかという点だ。
それについて、モツィンガー上級副社長は、「人への毒性、水の使用量、金属による影響という点では、ハードディスクの方が、環境負荷が低いといえる。また、電力使用量や温室効果ガス排出量という点ではSSDの方が有利であるが、思ったほどの差がないとことがわかっている。どちらの技術においても共通しているのは、大容量化によって、環境への優しさが高まるという点。ハードディスクとSSDは、それぞれに目的があったり、適した用途があったりし、同時に、コスト、パフォーマンス、持続可能性のバランスを取っていく必要がある。、データの利用方法、地球環境への対応などのバランスを理解した上で、選択することがいいだろう」と語る。
一方、Seagateでは、オブジェクトストレージサービスの「Seagate Lyve Cloud」を、日本でも開始することを発表したところだ。全世界10の地域と16のゾーンでサービスを提供する。
「クラウドサービスを利用することは、安定して、セキュアな環境が実現すること、経済的に優れた環境を実現することと同時に、Seagateを通じて、責任あるハードウェアの廃棄やリサイクルにつなげることができる。Seagateにとっても、ユーザーにとってもWin-Winの関係が構築できる」とする。これも、Seagateによるサステナビリティへ対する提案のひとつだといえる。
モツィンガー上級副社長は、Seagateのこれまでの取り組みを通じて、日本の企業に、持続可能性の追求において、参考にしてほしいことがあると切り出した。
ひとつめは、「ビジョンを持った目標を設定すること」である。
「ビジョンを明確にし、それをもとにした目標を設定することで、全社が集中して取り組むことができ、正しい計画を作ることにつながる。同時に、こうした取り組みが、透明性と説明責任を果たすことにもつながる」とする。また、「対外的に方針を共有する上では、SDGsで示された17のインパクトのうち、どれを目指しているのかということを考えた方がいい」とする。
ちなみに、Seagateでは、SDGsの5、6、7、8、12、13、17の7つのゴールにフォーカスしているという。
2つめは、社内の状況をしっかりと捉え、「自社にとって野心的な環境保全計画を設定していくことが大切である」という点だ。
「環境を取り巻く状況は、国や地域によって違ってくる。まずは、それぞれの国や地域の文脈や背景を理解し、なにが可能であるかを理解することが大切である」とする。
Seagateでは、シンガポールの水のリサイクルプロジェクト、タイでの金属のリサイクルに取り組んでおり、それぞれに置かれた状況をもとに目標を立てている。
「長期的にいい成果をもたらすためには、野心的で、厳しい選択をしていくことが大切である」と語る。
3つめにあげたのが、「経済的にどれぐらいの節約ができるのか、持続可能性における優先事項はなにかといった点を、時間をかけて分析をしていくこと」である。
「モデリング、シナリオプランニング、予測といった手法を用い、それに基づいて持続可能な計画を立ててほしい。自社のリソースを使った活動を前提にすること、その活動を日々のオペレーションのなかに組み込む必要がある。成果が表れた場合には、その成果に報いることも大切である」とする。
そして、最後が「主要なステークホルダーと関わり、連携しながら、進捗をしっかりと測定すること」である。
たとえば、データセンターにおけるエネルギー消費は、ハードディスクやコンピュートの稼働よりも、データセンター全体を安定稼働させるための温度管理にかかる冷却装置のエネルギー消費の方がはるかに大きい。
「Seagateは、まずは自らが行える持続可能性への取り組みを進めることが大切だと考えているが、同時に、あらゆるサプライヤーや顧客、そして競合する企業とも連携を取る必要があると考えている。持続可能性という観点では、競合するという意図はまったくない。Seagateが、サステナブルへの取り組みについて積極的に発信することは、顧客サプライヤー、そして、競合企業とも連携できることにつながる。多くの企業が参加する形で、一貫性がある仕組みを作り、測定し、改善に取り組むことが大切だ。そこにSeagateの役割がある」と語る。
こうしたSeagateの取り組みを説明しながら、モツィンガー上級副社長は、「日本の企業が参考にできる部分があれば、Seagateが学ぶ部分もある。私たちが求めているのは、すべての企業に、持続可能性に対する話し合いのテーブルについてほしいということである。たとえば、気候変動は単一の会社だけで止めることはできない。また、有限な資源の課題にも1社では対応できない。各企業が関与し、議論し、標準をつくり、目標を設定し、ベンチマークをしていく必要がある。ぜひ、一緒にやってほしい」とする。
そして、「Seagateのここまでの成果については誇りに思っている。そしてこれまで以上に、なにができるのか、なにが達成できるのかということを、自分自身、楽しみにしている」とする。
Seagateのサステナビリティへの取り組みは、すでに成果をあげているが、高い目標に向けて、さらに加速することになるのは間違いない。