米連邦取引委員会(FTC)は10月16日、各種サービスに簡単な解約手段の提供を義務付ける規制の最終案を発表した。この新ルールでは、サービスの加入・購入をするのと同じくらい簡単にサービスの解約・キャンセルできるようにすることが求められる。この最終案が決定されるまでの経緯・背景を振り返り、その内容と狙いをあらためて確認しよう。

  • 規定の概要

    今回決定された規定の概要。業者に正確な情報の提供、内容を理解したうえで同意させることなどを求めるのと同時に、サービスに登録するのと同じくらい素早く簡単に解約できるようにすることを求めている

米国での規制は通信販売を想定して1973年に定められたもの

米国では、1973年に定められたネガティブオプション規制により、デジタルサービスの契約が規制されてきた。「ネガティブオプション」とは、日本では「送り付け商法」と理解されることが多いが、元来は「顧客が辞退しない限り定期的に商品を送付する」という形態の継続購入プログラムを指す。1973年のネガティブオプション規制は主に通信販売を想定し、正確な情報の事前通知、消費者による拒否/返品の権利の担保、購入プログラムの条件や消費者の権利の明確な事前開示などの要件を定めている。そして、その要件を満たしたうえで消費者による拒否・辞退の意思表示がない場合において、(明確な購入意思の表示がなくても)消費者が購入に同意していると業者が認識することを認めようという内容だった。

その後ネット通販やオンラインのサブスクリプションサービスが広まり、その契約についてもこのネガティブオプション規制が適用されるようになった。しかし近年、サブスクリプションサービスの増加、期限付き契約の自動更新や無料トライアル後の有料契約移行といった契約形態の一般化などを受け、見直しが必要だという声が高まっていた。FTCではネガティブオプション/サブスクリプションについての多数の苦情を消費者から受けており、その数は2021年の1日あたり42件から2024年には1日あたり70件近くに増加しているという。

2023年3月に「Click-to-Cancel」条項を含む見直し案を提案

こういった状況の中、FTCでは2019年からネガティブオプション規制の見直し作業を行ってきた。2023年3月にはいわゆる「Click-to-Cancel」条項(ワンクリックで解約できるようにすることを求めるもの)の追加など、規制の見直し案を提案している。このとき提案されたのは以下のようなことを新たに義務付けるものだった。

  • 解約方法がシンプルであること
  • 解約希望者に追加オファーを行う際に新たな承諾を得ること
  • 自動更新前に毎年リマインド・確認を行うこと

解約方法については、少なくとも登録するのと同じくらい簡単に解約できることを目安とし、例として「オンラインで登録できるなら、同じサイトで同じステップ数で解約できなくてはならない」とした。また、「追加オファーを行う際に新たな承諾を得る」というのは、解約しようとする消費者に対して「こういった追加オファーがあります」「契約を継続しませんか」という提案をする際に、その承諾を義務付けるもの。さまざまな提案・確認をして手続きを長引かせることで解約・キャンセルを断念させるような手法への対策となる。自動更新前のリマインドは、物理的な商品の販売以外に求められるもので、ユーザーが気づかずに自動更新されることを防ぐのが狙いだ。

この見直し提案のあと、消費者や政府機関、消費者団体、業界団体から16,000件を超えるコメントが寄せられていた。業界団体からはワンクリック解約の義務化に反発する声も多かったようだ。こういった動きを経たうえで、今回の最終内容決定となったわけだ。

当初案から一部条項を削除して最終案に

新ルールは2023年に提案された見直し案がそのまま採用されたわけではない。大きな変更点として、次の2点がある。

  • 解約希望者に追加オファーを行う際の新たな承諾を義務付ける条項を削除
  • 自動更新前に毎年リマインド・確認を行うという条項を削除

結果として最終案の主な内容は、ネガティブオプションに該当する形態での商品販売・サービス提供にあたり、以下のような行為を禁止するものとなった。

  • 契約に際し重要な事実を偽って伝えること
  • 消費者への請求情報を取得する前に、重要な条件を明確かつ目立つように開示しないこと
  • 請求する前に消費者の理解のうえでの同意を明示的に得ないこと
  • 契約を解約し、支払いを停止する簡単な手段を提供しないこと

最終案にあたって2つの条項が削除されたのは、いずれも消費者保護の観点からは一歩後退といえるが、FTCからの発表ではこの変更の理由について言及されていない。ただし、委員のひとりはFTCとの発表とは別に公表された声明の中で、後者について「政策として価値がないからではなく、FTCの権限を超えるとして同意しないコメントが多かった」という理由を語っている。また別の委員は同じく声明でこの規則制定自体がFTCの権限を超えると批判しており、議会ではなく連邦政府機関が立法に近い規則制定を行うことへの抵抗感が小さくなかったことをうかがわせる。このあたりは日本とは規制のありかたが少し違うところだ。

FTC委員長のリナ・M・カーン氏は発表の中で、「企業は、サブスクリプションをキャンセルするためだけに、人々に果てしない手続きを踏ませることが多すぎる」「FTCの規則は、こうした策略や罠をなくし、米国人の時間とお金を節約することになる。誰も、もう必要のないサービスに支払いを強いられるべきではない」とコメントしている。

新ルールは連邦官報で公表され、その大半が180日以内に発効する。一部は公表後60日後に発効する。

FTCでは公式発表とは別にこの件についてブログ記事を公開している。そこでは新ルールの内容を以下のように要約している。

  • このルールは、事前通知および継続プラン、自動更新、無料トライアルオファーなど、ネガティブオプションのほぼすべての形態に適用される。オンラインか電話か対面かも問わない。また、企業間取引、企業-消費者間取引のいずれも対象となるため、企業も個人消費者と同じ保護を受けられる。
  • 重大な虚偽表示は禁止される。
  • 登録に先立って、取引の重要な条件をすべて、明確にかつ目立つように開示することが求められる。重要な条件には、請求額/請求頻度/無料トライアル終了日/退会期限/キャンセル方法などが含まれる。
  • 料金の請求前に、同意の証跡を得る必要がある。証跡は3年間の保管を推奨する。同意の証跡の形式は一定の自由度があり、チェックボックスや署名、およびそれに準じる方法でよい。
  • キャンセルのための簡単な方法を用意する必要がある。キャンセル方法は登録方法と同じ手段で提供する必要があり、簡単に見つけられなくてはならない。

「キャンセルの簡単な方法の提供」については、さらに以下のようなガイドラインを例に挙げて説明している。

  • 登録時に対面/オンライン等で担当者と話す必要がなかったのに、解約時に担当者と話すよう要求することはできない。
  • 電話の解約サービスを提供する場合、そのサービスに追加料金を請求することはできない。また一般的な営業時間内には電話対応/メッセージ対応をすることが求められる。メッセージ対応の場合は、迅速な対応が求められる。
  • 対面での登録者に対しては、対面での解約手段を提供することが認められるが、それを必須とすることはできず、オンライン/電話の解約手段も提供することが求められる。

今回定められた規制の内容は、最終案で削除された2条項も含め、消費者保護の観点から日本でも必要になってくるだろう。現時点で日本の規制・保護は契約時の適切な情報開示や錯誤等に基づく意思表示の無効といった点にとどまるが、今後はより広範な保護についての議論が予想される。