インテルが、2021年3月に、IDM 2.0のビジョンを、発表してから約3年を経過した。内容は進化を遂げながら、製造能力の大規模な拡大に向けた投資や、システムファウンドリーへの取り組みを加速。さらに、「5N4Y」のロードマップの更新や、AI時代における「AI Everywhere」のコンセプトを打ち出すなど、昨今のインテルの積極ぶりが浮き彫りになっている。そして、2023年12月には、AI PCを定義。2025年末までに1億台のAI PCを出荷する目標も明らかにしている。

今回のインタビューでは、インテルの鈴木国正社長に、同社が取り組みにさいて、様々な角度から話を聞いた。前編では、インテルが打ち出したシリコノミーの意味、AI Everywhereやシステムファウンダリーへの取り組み、そして、今後急速に普及が見込まれるAI PCについて触れる。

  • インテルの鈴木国正社長。単なる企業活動にとどまらず国家戦略単位でも半導体やAIの重要度が増すなか、インテルは半導体進化の加速やファウンドリー事業への参入など施策を急展開しており、その動向が注目されている

    インテルの鈴木国正社長。単なる企業活動にとどまらず国家戦略単位でも半導体やAIの重要度が増すなか、インテルは半導体進化の加速やファウンドリー事業への参入など施策を急展開しており、その動向が注目されている

シリコノミー(Siliconomy)という言葉の意味

―― インテルでは、シリコノミー(Siliconomy)という言葉を使い始めています。この意味はなんでしょうか。

  • インテルが提唱している「シリコノミー」(Siliconomy)について

鈴木: シリコノミーとは、半導体の影響力が、世界中の様々な分野において増大することを指します。半導体の演算能力は10年で100倍に拡大し、それを背景にしたAIの活用によって、人々の生産性は30%向上することが見込まれています。また、2030年には世界の半導体産業は1兆ドル規模に拡大し、2025年までの半導体需要の20%はAI関連のチップが推進することになる予測されています。そして、世界の半導体製造能力は、2020年から2023年の間に倍増し、自動車1台に搭載される半導体チップの数は、5000~7000個に達すると言われています。

こうした数字を、インテル自身が積極的に話すのには理由があります。それは、半導体産業の大きな変化、そして世界の大きな変化に対しては、インテルが責任を持って対応していかなくてはならないからです。数年前に半導体の供給不足の問題が発生しましたが、これが世界経済に大きな影響を与えたのは記憶に新しいと思います。こうした問題を2度と起こさないためにも、インテルはシリコノミーという言葉を使って、高い市場成長にあわせてサプライチェーンの強靭化が必要であり、それに対して、エコシステム全体で取り組んでいく姿勢を明確にしているわけです。

現在、インテルでは、フォーカスエリアとして、「グローバルサプライチェーンの強靭化」、「ムーアの法則の継続」に加えて、クライアントからエッジ、データセンターやクラウドまで、プラットフォームを問わず、AIを利用可能にする「AI Everywhere」を掲げています。

また、インテルでは、IDM 2.0戦略を打ち出し、自社工場の製造ネットワークや外部ファウンドリーの活用、インテルのファウンドリー事業によって、地政学的リスクを分散しながら、製品におけるリーダーシップの実現、安定した供給体制の確立、コスト優位性の達成を目指しています。これもシリコノミーという大きな潮流に向けた取り組みとなります。

  • IDM 2.0の3つの柱が「自社工場の製造ネットワーク」「外部ファウンドリーの活用」「インテルのファウンドリー事業」

しかし、ファウンドリービジネスの立ち上げが容易ではないことは明らかです。でも、2030年までに、世界第2位のファウンドリーになるという計画には変更がなく、そこに向けて挑戦をしています。

  • インテルファウンドリーは、世界第2位の「規模」のファウンドリーになるという目標を宣言している

半導体プロセス進化の競争は激化の一途、インテルの現在地は?

―― インテルでは、4年間に、5つのプロセスノードを実現する「5N4Y」のロードマップを打ち出しています。進捗は順調に見えますね。

鈴木: 2021年に発表していますから、まもなく4年目を迎えます。Intel 20Aおよび18Aも順調に開発が進んでおり、18Aについては、マイクロソフトがこのプロセスノードを活用して、Intel Foundry Serviceによる半導体の製造を行うことを発表しているほか、SynopsysやCadence、Siemensをはじめとするエコシステムパートナーとの連携が進んでおり、ファウンドリーの顧客企業による製品設計が開始されています。

「5N4Y」は順調に進んでいますし、18Aをきっかけにしたファウンドリー事業の拡大も期待できます。さらに、新たなロードマップでは、業界初となるHigh-NA EUVに対応した14Aを発表しています。High-NA EUV技術への早期からのコミットメントは、インテルがムーアの法則を追求する姿勢を象徴したものだといえます。

  • 5つのプロセスノードを実現する「5N4Y」のロードマップ。すでにIntel 7とIntel 4は量産中で、Intel 3の量産準備も完了している

  • 「5N4Y」の次、Intel 18Aの後には、業界初となるHigh-NA EUVに対応したIntel 14Aが発表されている

  • この「High-NA EUV」の製造装置の設置自体がニュースにもなった。High-NA EUV技術への早期からのコミットメントは、ムーアの法則を終わらせないというインテル姿勢も象徴しているそう

40年に一度の大変革、「AI Everywhere」と「AI PC」の時代へ

―― インテルが打ち出した「AI Everywhere」について教えてください。

鈴木: あらゆるプラットフォームで、AIの利用を可能にするのがAI Everywhereの基本的な考え方です。これを実現するためには3つの環境づくりが必要です。ひとつめはヘトロジニアスで豊富な選択肢を用意することです。いまは、NVIDIA一択という環境になっていますが、インテルもしっかりとソリューションを用意し、選択肢を広げることは市場にとってプラスになると考えています。2つめはオープンなソフトウェア環境の実現です。インテルが提供かるOpenVINOやオープンソースのPyTorchなど、すべてのアーキテクチャーをサポートするソフトウェアを提供することが重要になってきます。そして、3つめがセキュリティ対策です。AIの利活用において、セキュリティは重要な要素です。開発したAIモデルや、データそのものを守るというところにも力を注いでいます。

また、インテルでは、AI時代を見据えた世界初のシステムファウンドリーを始動させたと宣言しました。これは、AI Everywhereを実現するためのシステムファウンドリーだと言い換えることができます。AIはとてつもないコンピューティング資源を必要とします。この資源をどう提供するのかをシステムファウンドリーとして意識する必要があります。そして、システムファウンドリーの実現には、ムーアの法則を継続的に踏襲しながら、素材の進化や先端パッケージング技術、オプティカルインターコネクト技術、ソフトウェア技術、低消費電力技術も重要になります。インテルは、最先端パッケージング技術と、プロセス技術、世界トップクラスのIPポートフォリオを最大限に活用し、AI Everywhereを実現するシステムファウンドリーへの取り組みを加速させています。

  • あらゆるプラットフォームで、AIの利用を可能にするのがAI Everywhereの基本的な考え方

―― いよいよAI PCの時代が到来します。インテルが定義するAI PCについて教えてください。

鈴木: インテルでは、CPU、GPUに加えて、新たにNPUを搭載したものをAI PCと定義しています。具体的には、インテル Core Ultraプロセッサーを搭載したPCであり、生産性や創造性、セキュリティにおいて新しいAI体験をもたらすことになります。現在の生成AIの動きをみると、学習はクラウドで行うのが適切だとは思いますが、推論においては、ユーザー側にあった方が、遅延も少なく、便利であり、個人のデータを守るという意味でも、ローカルで処理するメリットが大きいといえます。

インテルは、2023年12月にAI PCのコンセプトを発表し、それが、2024年夏以降、本格的に立ち上がってくることになります。NPUの搭載によって、推論処理に特化したエンジンを搭載して処理能力を高め、消費電力を抑えることができ、ワークロードにあわせた最適な処理を行えるバランスのいいプロセッサーが、インテル Core Ultraプロセッサーであり、これもインテルが持つ優れたパッケージング技術によって実現できたものだといえます。そして、新たなアーキテチクチャーを示すという意味では、久しぶりの大きな変革であると捉えています。

インテルでは、2025年までの約2年間で、合計1億台のAI PCが出荷されるとの見通しを発表しています。また、ボストン・コンサルティング・グループでは、AI PCは、今後4年間でPC市場の80%を占めると予測しています。こうした予測からも、AI PCは、今後の主流になるのは明らかです。

  • 「AI PC」には「インテル Core Ultraプロセッサー」が採用されている。これには、CPU、GPUに次ぐ第3のプロセッシングユニットである「NPU」が内蔵されている

―― 「40年に一度の大変革」という言葉も使っていましたね。

鈴木: これは、単にNPUを搭載したというだけでなく、エコシステム全体に影響を与えていくものになるという点でも大きな変革になります。

インテルは、約20年前に、Centrino(セントリーノ)というプラットフォームを発表しました。ここでは、Wi-FiモジュールをPC本体のなかに組み込み、新たな利用環境を提案しました。Centrinoの登場によって、インテルをはじめとしたエコシステムが形成され、一気にWi-Fiが普及しました。Wi-Fi環境があったからCentrinoを出したわけではなく、CentrinoによってWi-Fiが普及し、ノートPCの活用の広がり、利用環境が変わり、それに最適化したアプリや周辺機器が登場し、PC市場全体が盛り上がりをみせました。AI PCも同様で、まずはAIに最適化したハードウェアを用意し、その上で、エコシステムによって、AIソフトウェアを増やしていくことになります。

いまは、AIソフトウェアのキラーアプリがあるわけではありません。AI PCが広がるのにあわせて、開発者はAI PCで稼働するAIアプリを開発し、それによって、さらにAI PCの市場を拡大することになります。まさに、Centrinoと同じストーリーを、AI PCでも描いているわけです。インテルは本気になって、AI PCを広げていきます。そして、AI PCがPC市場拡大の起爆剤になることを期待しています。

  • インテルが今年3月に東京・原宿で開催した体験型イベント「AI PC Garden」。各社のAI PCが一堂に展示された

―― AI PCによって、どんな世界が訪れますか。

鈴木: これまでのPCは、命令をすると、その命令の作業をしてくれるという役割でした。しかし、AI PCでは、アシスタントやCopilot(副操縦士)といった役割を果たすものになる点が大きく異なります。従来は利用者が技術に寄り添っていたものが、AI PCでは技術が利用者に寄り添ってくれる世界が訪れるのではないかと思っています。たとえば、AI PCであれば、会議で録音したデータを、勝手に文字起こしをしてくれるといった時代が来るかもしれません。外出先で会議をして、会社には戻ったときにAI PCを立ち上げれば、テキスト化が完了し、内容まで要約してくれているといった使い方ができるかもしれません。ネットワークには接続しませんから、安全性も担保されます。

また、AI PCを使ってコピーライターのような文章を作ったり、グラフィックデザイナーのような画像を描けたりといったことが、どんな場所にいてもできるようになるでしょうし、PCを使っているときに、AIが最適に制御して、消費電力量を減らしてくれるといったことも可能になるでしょう。このように、技術の方から寄り添ってくれるという使い方が増えると思っています。

  • 「AI PC」は「40年に一度の大変革」だという。では、AI PCによって、どんな世界が訪れるのか?

振り返ってみますと、かつてシンクライアントが普及するといわれた時代がありました。しかし、結果としては主流にはなりませんでした。なぜ、主流にならなかったのか。その理由こそが、AI PCが今後普及する理由だといえるのではないでしょうか。シンクライアントは、常にクラウドに接続して利用します。しかし、端末を持ち運んで利用した際に、安定した通信環境で常時接続することは難しいですし、通常のPCであればネットワークに接続せずに作業が行えるアプリもたくさんあります。また、シンクライアントは、常にネットワークにつながっている抵抗感があり、すべてをクラウドにあげて利用するという不安感もあります。それに対して、PCはローカルのリソースで作業する安心さと心地よさがあるといえます。ネットにつないだ利用も、ローカルで処理する利用も、どちらもできるハイブリッドな利用ができるPCの方が利便性が高く、様々な作業において最適な環境を実現できるのは明らかです。

AIの活用においても同様で、今のようにネットワーク接続を前提にした使い方のままでは利用が制限されますが、AI PCであれば、そうした心配はいりません。そして、クリエイションやデベロップメントでの活用には、それに適したパワフルな土台が必要であり、そこにもAI PCが果たす役割があると思います。とくに、コンテンツクリエイションでは、AI PCは大きな威力を発揮することは明白です。いまや若い人たちにとって、コンテンツクリエイションは不可欠な要素であり、PCの必要性をより高め、多くの若い人たちがPCを利用するきっかけになるとも考えています。キュリオシティ(好奇心)を高めるためのツールが、AI PCだといえます。そして、キュリオシティが少ない人にとっても、キュリオシティを磨くためのツールになるはずです。AI PCによって訪れる世界を、ぜひ楽しみにしていてください。

―― AI PCの普及における懸念事項はありますか。PCの価格が高くなるという課題も指摘されていますが。

鈴木: 半導体の進化に伴い、PC本体の価格は下落していきますから、その点の心配いらないと思います。先ほど触れたシンクライアントも安いという点が魅力でしたが、結果としてはPCの価格が下がり、多くの人たちがPCを選ぶようになったという要素が見逃せません。AI PCも同様だと思っています。

また、AI PCには、AIの機能を活用することでパーソナライズ化が進むため、セキュリティを懸念する声もありますが、インテルでは、インテル Core Ultraプロセッサーを搭載した新たなインテル vPro プラットフォームを発表し、AI PCをエンタープライズ向けにも拡張し、セキュリティ機能や管理機能、安定性を提供します。AI PCによって、vProの価値がより高まると考えています。

(後編へ続く)