Seagate Technology(以下、Seagate)は、ハードディスクドライブの高密度化を実現するHAMR(ハマー、熱アシスト磁気記録)によって、新たな世界を切り拓こうとしている。すでに、ディスクあたり3TB以上の技術を発表。サンプル出荷を開始しており、2024年上期には100万ユニットの出荷を計画している。いよいよHAMRによるハードディスクドライブの時代が訪れることになる。「HAMRは、ハードディスクドライブの産業において、最も有意義な技術進歩になると受け止めている」と語る、Seagate TechnologyのB.S Teh(ビーエス・テ)上級副社長兼最高商務責任者(Chief commercial officer)に、HAMRがもたらすインパクトと、Seagateの高密度化に向けた戦略について聞いた。

  • Seagate TechnologyのB.S Teh(ビーエス・テ)上級副社長兼最高商務責任者(Chief commercial officer)

    Seagate TechnologyのB.S Teh(ビーエス・テ)上級副社長兼最高商務責任者(Chief commercial officer)

爆発的に増えるデータ量、ストレージは追いつくのか

ハードディスクドライブ市場には、ひとつの課題が突き付けられている。

それは、爆発的ともいえるデータ量の増大に、ハードディスクドライブの進化が追いつくことができるのかどうかという点だ。

  • Seagateが「HAMR」で切り拓くHDD高密度化の新時代、Teh上級副社長に聞く

    拡大を続けるデータ量に、Seagate Technologyはどう対応するのか

周知のように、スマホやPCを通じて数多くのデータが日々生成されているのはもとより、企業におけるDX推進を背景にしたデジタルデータの増加、IoTの普及や画像処理技術の進展による処理データの増大、さらには、オンライン会議や動画視聴の増加もデータ量の増加につながっている。そして、昨今注目を集めている生成AIは、データ量の拡大をさらに後押しすることになる。周りを見渡せば、それらはすべてデータ量が増大する要素ばかりだといっていい。

調査会社のIDCによると、データ増加率は年間20%以上となり、2027年に生成されるデータ量は291ZBに達する予測している。その規模の大きさと、拡大の勢いには目を見張らざるをえない。

  • 2027年に生成されるデータ量は291ZBに達するという予測も

ただし、生成されるデータのうち、ストレージに保存されるデータは全体の11%に過ぎないという調査結果もある。たとえば、IoTから収集したデータでは一度しか使用されなかったり、ストレージに保管するにはコストがかかるために消去されたりといったデータが数多くあるのだ。

とはいえ、保存されるデータ比率がわずか11%であっても、その規模は大きい。しかも、現在、ストレージの約90%がハードディスクドライブであり、その状況が当面続くと見られている。つまり、ハードディスクドライブのさらなる普及が、拡大するデータ社会を支えることになる。

  • 現在、ストレージの約90%がハードディスクドライブだ

Seagate Technology 上級副社長兼最高商務責任者(Chief commercial officer)のB.S Teh氏は、「データ量は、我々の予測を上回る速度で増大している。また、ストレージに保存されるデータの比率が11%から12%に、あるいは15%に増加するだけでも、ハードディスクドライブ産業には大きな需要が生まれる」としながらも、「ハードディスクドライブ産業の課題は、その需要についていけるかどうかである」と懸念を示す。

ハードディスクドライブを量産し、新たなデータセンターを設置して、データ量の増加に対応するのが常とう手段といえるが、それを繰り返すだけでは、投資コストは膨れ上がり、、エネルギー消費が増加し、環境という観点でも課題が生まれる。とくに日本のようにデータセンターを設置する場所が限られる環境では、データセンターの新設そのものが課題のひとつになる。

これらの課題を解決する手段ひとつが、高密度化ということになる。1台当たりの記憶容量を増やすことができる高密度化によって、同じ容量でもコストを削減でき、設置スペースを削減でき、ひいては環境にも貢献できるというわけだ。

だが、Teh氏は、ここでひとつの課題を示す。

「現在、主に使われているPMR(垂直磁気記録方式)は、長年使われてきた技術であり、記録密度の進化は、年々スローダウンしている。過去2~3年間は、記録密度の進化は10%を下回っている。データ量は20%以上増えているのに、記録密度の進化はその半分である。これは大きな課題である」

ハードディスクドライブは、ディスクの1インチあたりのビット密度を増加させることで、より多くのデータを保存できる。しかし、ビット密度が増加すると、粒子間の距離が近づき、各粒子の磁性が近くなり、粒子の磁気方向に影響を与える可能性が出てくる。そのため、PMRでは、高密度化の進化に限界が訪れようとしているのが現状だ。

熱アシスト磁気記録「HAMR」の投入

こうした課題を解決するためにSeagateが取り組んでいるのが、HAMRである。

HAMRは、熱アシスト磁気記録の名称からもわかるように、レーザーによってディスクを局所的に加熱し、データを書き込むことで、安定的に、正確にデータの書き込みが可能になり、高密度化を図ることができる技術だ。

具体的には、ディスクには、粒子の熱安定性を高めることができる新しい材料を採用し、、磁気的および熱的に安定した状態を維持。データビットを、これまでよりも小さく、より高密度に圧縮することができる。また、データを書き込む際に、記録ヘッドに取り付けられた小型レーザーが、ディスク上の小さなスポットを瞬間的に加熱。これにより、1ビットずつ磁気極性を反転させ、データを書き込む。各ビットはナノ秒で加熱および冷却されるため、ドライブの温度やメディア全体の温度、安定性、信頼性には影響を与えないという。

  • 新たな高密度化技術「HAMR」。この技術を使ったHDDのサンプル出荷がはじまっている

Teh氏は、「ハードディスクに必要とされるキャパシティが増加しており、私たちはその需要に応える方法を考えなくてはならない。新たな技術開発を進めることがハードディスクドライブ産業にとっては重要な課題であった。HAMRは、ハードディスクドライブ産業において、最も有意義な技術進歩になると受けとめている」と位置づける。

その上で、「Seagateでは、15年以上に渡り、HAMRの研究開発を行ってきた。非常に難しい技術であり、多くの時間がかかった。磁気記録の技術だけでなく、レーザー技術や熱制御、ナノテクノロジーも必要とする。これらの技術が組み合わせることで、HAMRを実現できる。だが、それだけではない。この磁気記録方式を採用したハードディスクドライブの量産技術も確立しなくてはならない」とし、「競合他社は、異なった技術を追求しているが、こうしたイノベーションの競争は、産業にとっていいことである。だが、記録密度を最も高め、最も有効な技術がHAMRであり、Seagateが最先端の成果をあげている。私たちは、この技術を完成させたことにワクワクしている。大きなインパクトをもたらす技術になる」と胸を張る。

Seagateでは、HAMRによって、ディスク1枚あたり3TB以上の技術を発表しており、すでにサンプル出荷を開始している。また、2024年上期には同ディスクの量産を開始し、100万ユニットを出荷する計画を打ち出している。

さらに、「今後、3、4年間で記録密度を2倍に高めることができる。今後2年間でディスク1枚あたり4TBに拡張することが可能であり、その後も、5TBや、それ以上の高密度化を目指している。私たちは、これからもいくつかの大きなマイルストーンを迎えることになるだろう」と自信をみせる。

2030年においても、ストレージ市場の大半を占めるのがハードディスクドライブになるとの見方もある。「ストレージ市場の課題を解決する唯一のソリューション、唯一の技術がHAMRである」と強調した。

技術イノベーションこそが必要

Seagate は、HAMRによる高密度化によって、3つのメリットを提供できるとする。

それは、「スケール(規模)」、「コスト(TCO)」、「サステナブル(環境)」だ。

「SeagateのHAMR技術を活用することで、高い記録密度を実現でき、キャパシティを高め、データセンターのなかではラック数や床面積を効率化できる。同じ投資額でも、より多くのキャパシティを確保することが可能になる。また、HAMRによる高密度化によって、テラバイトあたりのコストを下げ、全体のコストも引き下げることができる。さらに、テラバイトあたりのエネルギーも少なくて済み、これもコスト削減につながる。テラバイトあたりのストレージの重量やサイズが小さくなることは、サプライチェーンにおける環境負荷の低減にもつながる」とする。

そして、Teh氏は、技術イノベーションこそが、ストレージの課題を解決できると語る。

「SeagateのDNAは、テクノロジーである。常に、産業をリードするテクノロジーを作り出し、お客様に提供してきた。Seagateは、競合他社に比べて、はるか先にいるテクノロジーリーダーである。HAMRは、それを証明することができるテクノロジーになる」と強い意思をみせた。

最後に、Teh氏は、日本における展開について触れた。

「HAMRを採用した新たなプロダクトを投入する上で、日本のお客様とのエンゲージメントを、より緊密に行っていきたいと考えている。日本をはじめ、世界中のすべてのデータセンターオペレータが直面している問題は同じである。スケール、コスト、サステナビリティといった観点で解決を図る必要があり、日本のユーザーの関心もそこにある。Seagateは、イノベーションを実現する能力を持ち、技術を提供できる能力があり、最も優れたカスタマケアを提供できる。日本のお客様に、Seagateが信頼できるブランドであることや、HAMRという新たなテクノロジーの重要性を理解してもらうことに力を注ぐとともに、お客様のソリューションに、この技術を統合することも支援していく」とした。

また、「日本のサプライヤー各社は、ハードディスクドライブ市場のサプライチェーンにおいて、重要な役割を占めている。HAMRにおいても、テクノロジーパートナーとして、日本のサプライヤーとのエンゲーシメントを強化することになる」と語る。

HAMRによって、Seagateのハードディスクドライブ事業の成長戦略は、新たなフェーズに入ったといえる。