6月18日より、マイクロソフトが提唱する「Copilot +PC」に準拠したノートPCが一斉に登場した。その中のひとつが、今回紹介するASUSの「Vivobook S 15 S5507QA」だ。ハード面をチェックするとともに、Copilot+ PCに準拠することで、これまでのノートPCと何が違うのか見ていこう。
SoCにSnapdragon X Eliteを採用
マイクロソフトが提唱する、AI PCの新基準「Copilot+ PC」。このCopilot+ PCに準拠するための要件としては、メモリーが16GB(DDR5/LPDDR5)以上、ストレージが256GB以上などがあるが、特に重要なのが「40TOPS以上のNPU搭載」という点だ。
「TOPS(Trillion Operations Per Second)」は、「1秒あたりに1兆回の演算」を意味し、40TOPSは40TPOSは「1秒あたり40兆回の演算」となる。また”NPU”は「Nural Processing Unit」のことで、AI処理に特化したプロセッサーのこと。つまり、Copilot+ PCに準拠するには、そのPCに毎秒40兆回以上の演算能力を備えるNPUを搭載している必要があるわけだ。
2023年末に登場し、搭載PCが「AI PC」と呼ばれ話題となったIntelの「Core Ultraプロセッサー」や、AMDの「Ryzen 8000シリーズ」もNPUを内蔵するが、それらのNPUの処理能力はいずれも40TOPSを下回っており、搭載PCはCopilot+ PCの要件を満たせない。
今後、AMDやIntelもCopilot+ PCの基準を満たすNPU内蔵のプロセッサーを投入予定だが、6月18日時点でこの基準を満たしているプロセッサーは、処理能力が45TOPSのNPUを内蔵するQualcommの「Snapdragon X Elite」が唯一の存在であった。今回紹介する「Vivobook S 15 S5507QA」(以下、S5507QA)をはじめ、6月18日に発表されたCopilot+ PC準拠PCが全てSnapdragon X Eliteを搭載しているのはこのためだ。
今回試用したS5507QA主なスペックは表にまとめたとおりで、プロセッサーがSnapdragon X Elite X1E-78-100、メモリは32GB、内蔵ストレージは容量1TBのSSDと、ノートPCとして申し分ないスペックとなっている。
- プロセッサー:Snapdragon X Elite X1E-78-100(CPUコア12コア/最大3.4GHz、45TOPS NPU)
- メモリ:LPDDR5X-8448 32GB
- ストレージ:1TB PCIe Gen4x4 SSD
- OS:Windows 11 Home 64bit
- ディスプレイ:15.6型有機EL 2,880×1,620ドット、リフレッシュレート最大120Hz
- 無線機能:Wi-Fi 7(IEEE 802.11be)、Bluetooth 5.3
- 生体認証:Windows Hello対応顔認証カメラ
- インターフェイス:USB4 Type-C×2、USB 3.2 Gen1 Type-A×2、HDMI、microSDカードスロット、3.5mmオーディオジャック
- サイズ/重量:352.6×226.9×14.7~15.9mm/約1.42kg
デザインは従来のVivobookシリーズと大きく変わらない
Copilot+ PCに準拠しているとはいえ、S5507QAの外観はこれまでのVivobookシリーズと大きく変わっていない。
本体素材はアルミニウム合金で、マット調の仕上げが施されており、非常に優れた質感だ。天板にVivobookロゴはあるが、そちらもほとんど目立つことがなく、ディスプレイを閉じた状態ではフラットな金属板と思わせるようなデザインだ。この質感の高さは、ユーザーの満足感を高めてくれるはずだ。
サイズは352.6×226.9×14.7~15.9mm。ディスプレイが4辺狭額ベゼル仕様となっていることもあって、15.6型ディスプレイ搭載のノートPCとしてはフットプリントは非常にコンパクト。同時に薄さもかなり極められており、最厚部でも16mmを切る薄さは、15.6型ノートPCとしてはトップクラスと言っていいだろう。
重量は約1.42kg、実測では1430.5gとわずかに公称を上回っていた。それでも15.6型ノートPCとしてはかなり軽い。この薄型軽量ボディなら、モバイル用途にも十分対応できそうだ。
左右側面のポート類は、左側面にHDMI、USB4×2、microSDカードスロット、3.5mmオーディオジャックを、右側面にUSB 3.2 Gen1 Typa-A×2をそれぞれ配置。15.6型ノートPCとしては必要最小限という印象だが、大きな問題はないだろう。
生体認証機能は、ディスプレイ上部にWindows Hello対応の顔認証カメラを搭載。207万画素のWebカメラとしても利用可能で、カメラを物理的に覆うプライバシーシャッターも備えている。この他、カメラを利用して利用者の離席時にディスプレイをオフにしたり、着席時の自動復帰と顔認証によるログオンなどの機能も用意している。
高画質15.6型有機ELディスプレイを搭載
ディスプレイは、2,880×1,620ドット表示対応の15.6型有機ELパネルを搭載する。有機ELパネルということで、DCI-P3カバー率100%、sRGBカバー率133%の広色域表示、コントラスト比100万:1、Display HDR True Black 600準拠のHDR表示に対応と、液晶よりも優れた表示性能を備えている。
実際に写真や動画を表示してみたが、発色の鮮やかさはもちろん、明るい部分、暗い部分それぞれをしっかり再現できている点や、有機ELらしく黒が黒として表示される点などは、さすがといった印象だ。
また、リフレッシュレートは最大120Hzに対応し、レスポンスタイムも0.2msと高速で、ブラウザでわざと高速にスクロールさせてみても文字のにじみはほとんど気にならなかった。ディスプレイ表面は光沢仕様のため、外光の写りこみはやや気になるものの、このディスプレイの表示性能に関しては、プロのクリエイターでも全く不満を感じないはずだ。
キーボードはテンキーがなくても良かったかも
キーボードは、アイソレーションタイプの日本語キーボードを搭載。このキーボードは、他のASUS製ノートPC同様に、英語キーボードをベースとして、一部キーを分割するなどして日本語化対応したもので、この点は少々残念だ。とはいえ、主要キーは19mmフルピッチを確保し、適度な硬さとクリック感で、打鍵感は悪くない。配列も自然で、タイピングしてみても分割したキーが使いづらいということもなく、タッチタイプも問題なく行えた。
このキーボードの面白い特徴が、フルカラーキーボードバックライトを搭載する点だ。ゲーミングPCのように、キーごとに発色をコントロールできるわけではなく、キーボード全体で同じ発色とはなるが、色を指定したり、レインボーカラーに色を自動的に変化させるといったことが可能。ビジネスPCとしてはそんなに必要な機能ではないかもしれないが、個性を引き立たせたい人にとっては、魅力的な部分となりそうだ。
ただ、改善してもらいたい点もある。それはテンキーだ。テンキーの存在自体は、数字入力がやりやすくなるなど利点もあるが、S5507QAではEnterキーと間隔を空けず搭載しているため、打ち間違いの危険性がある。キーボード左右には本体端までまだ余裕があるため、できればEnterキーとテンキーをもう少し離して搭載してもらいたいところだ。
ポインティングデバイスのタッチパッドは非常に大型で、ジェスチャー操作もやりやすい。特殊な機能は搭載しないものの、タッチパッドの左端をスライドしてボリューム調整、右端をスライドして明るさ調節が可能となっている。
Copilot+ PCとしての魅力、AI機能はまだ発展途上
S5507QAはCopilot+ PC準拠ということで、当然気になるのはAI関連機能だ。
まず、キーボードには「Copilotキー」を搭載し、このキーを押すと一発でCopilotが起動する。これは2023年末より登場したAI PCと呼ばれるPCのキーボードにも搭載されているため、Copilot+ PCの特徴的な機能ではない。またCopilot自体も処理にNPUを活用するわけでもない。機能や問いかけに対する返答も、まだまだ発展途上という印象だが、今後学習効果が高まっていくにつれ、有用な機能になっていくと考えられる。
それに対し、Copilot+ PCでのみ利用できるAI機能としてマイクロソフトは、「リコール」、「コクリエイター」、「ライブキャプション」、「Windows Studio エフェクト」、「イメージクリエイター/リスタイル」といったものを用意している。
なお、リコールはプライバシーに対する懸念を払拭するために公開が延期され、6月末の時点でもまだ利用可能とはなっていない。コクリエイターは、以前から搭載されている「ペイント」アプリに追加された機能で、ラフなスケッチと文字による説明だけで画像を生成する機能。ラフと呼べない殴り書きのスケッチでも、文字による説明の入力で、それらしい画像が生成される。
画像生成にはプロセッサー内蔵のNPUを利用するが、生成スピードもなかなか速い。一発で求める画像が生成されることはないため、説明を加えつつ修正しながら利用することになるが、それでも筆者のように絵心がなくてもそれらしい画像を作れるのはなかなか便利だ。
続いてライブキャプション。こちらは音声を認識してリアルタイムで翻訳して表示する機能だ。ただ残念なことに、現時点では翻訳できるのは英語のみで、日本語への翻訳は非対応。実際に動画を再生して、日本語が英語へリアルタイム翻訳され表示できることは確認した。NPUで処理される点も確認できた。
翻訳のクオリティは完ぺきとは言えないが、ある程度内容を把握するクオリティはあるので、それなりに活用はできそうだが、英語だけということで限られた場面でしか利用できそうにないのは残念。とにかく早急な日本語対応を期待したい。
Windows Studio エフェクトは、Core Ultraプロセッサー搭載PCでもNPUを活用した処理が可能だったが、Copilot+ PCではNPUで処理できる機能が拡大。これまでは、カメラで捉えた人物が常に中央に来るようにトリミングする「自動フレーミング」、常にカメラ目線になるように補正する「アイコンタクト」、人物の背景をぼかす「背景の効果」を利用できていたが、Copilot+ PCでは、アイコンタクトに、画面上の文字などを読んでいる場合でもカメラ目線になるよう補正する「プロンプター」を追加。また、肌の状態を補正する「クリエイティブフィルター」が新たに利用可能となった。
クリエイティブフィルターに関しては、少々補正が強すぎて違和感も覚えるが、今後設定できる効果が増えれば有用な機能となるだろう。それを省いたとしても、ZoomなどのWeb会議アプリで利用でき、これら効果の処理をNPUが担当することでシステム全体のパフォーマンスも高められるので、利用する場面はかなり多そうだ。
イメージクリエイターとリスタイルは、フォトアプリに搭載される画像生成機能。イメージクリエイターはテキストボックスに画像のイメージを文章で入力すると、その文章に合った映像をAIが生成するというもの。ペイントアプリのコクリエイターに似ているが、こちらはラフを入力せずとも画像を生成できる。
リスタイルは、既存の写真をベースにスタイルを変更した画像を生成する機能。写真に似たようなイラストを作成したい場合などに活用できる。作成される画像は、意図とはかなり外れる場合も多いが、細かな指示を入力したり、条件を変更して生成すると、十分使える画像も作り出せる。そういう意味では、試行錯誤も楽しい機能と感じる。また、こちらも処理にNPUを利用するが、なかなかのスピードで画像を生成できる点も驚きだった。
そしてS5507QAでは、ASUS独自のAI活用アプリも搭載している。それが「StoryCube」だ。PC内に保存している写真をAIで解析し、人物やシチュエーションを抽出して自動的に分類するアプリだ。こちらは、AI処理にNPUを活用しないようだが、人物や動物、料理などを抽出して自動的に写真を分類してくれるので、たまる一方のデジタル写真を簡単に整理、分類するのに役立ちそうだ。
これらAI機能は、現時点ではまだまだ十分なものではなく、発展途上という印象を受けるのも事実だ。とはいえ、Copilot+ PC準拠のPCではAIを活用した機能を手軽に利用できるという点は、これまでのWindowsにはない大きな魅力であるとも感じた。それと同時に、Windowsはもちろん、AIを活用するアプリが今後どのように進化していくのか、期待せざるを得ない。
アプリの互換性はまだ改善の必要あり
S5507QAはプロセッサーにSnapdragon X Eliteを採用していることから、どうしてもアプリの互換性が気になるだろう。以前と比べて、Armネイティブアプリはかなり増えているものの、ビジネスシーンで利用する主要アプリでもArm対応を実現していないものはまだ多いし、ゲームなどはほぼ全てがx86/x64ベースであり、トランスコードで利用しなければならない場面は避けられない。
ただ、カジュアルゲームも含めて実際にx86/x64ベースのアプリをいくつか利用してみたが、そのほとんどが正常に動作し、動作自体もかなり軽快だった。
しかし、中には正常に利用できないアプリもある。そのひとつが日本語入力アプリの「ATOK」。全く使えないことはないが、エクスプローラやタスクバーの検索バーなどのWindowsのテキストボックス、EdgeなどのArmネイティブアプリでは日本語での入力が行えない。筆者はATOKを常用しているため、この点でかなり厳しい印象だ。
もちろんこれは、アプリ側がArm対応すればすむ話ではある。ただ、互換性の問題が残されているという点からも、今後しばらくはSnapdragon X Elite搭載PCの弱点となりそうだ。
Snapdragon X Eliteのパフォーマンスは申し分ない
では、ベンチマークテストの結果を見ていこう。まずは、PCMark 10の中でArm版Windowsで計測できる「PCMark 10 Applications」の結果から。Word、Excel、PowerPoint、Edgeを利用したパフォーマンスを測定するテストだが、スコアはなかなか良好だ。今回は直接掲載できる比較データはないものの、Core Ultraプロセッサー搭載PCを上回るスコアで、Armネイティブアプリ利用時のSnapdragon X Eliteの性能の高さが垣間見られる。
次に、x64アプリのCINEBENCH R23の結果だ。トランスコードで問題なく動作したのはもちろん、トランスコードながらかなりの好スコアが得られている。さすがにCore Ultraプロセッサーには負けるが、トランスコードでも快適にアプリが動作することを裏付ける結果と言える。
さらに、同じくx64アプリの3DMarkの結果だ。今回はNight Raid、Fire Strike、Time Spyと3種類のテストを行ったが、いずれも正常に計測でき、スコアもなかなかのものだった。こちらもCore Ultraプロセッサーには及ばないが、これだけのスコアならゲームもまずまず楽しめそうだ。
最後に、UL ProcyonのAI Computer Vision Benchmarkの結果だが、Core Ultraプロセッサを大きく凌駕するスコアが得られた。このあたりは、45TOPSのNPUを搭載しているだけのことはある、と感じた。
続いてバッテリー駆動時間だ。今回は、PCMark 10の「PCMark 10 Battery Profile Applications」を利用し、ディスプレイ輝度50%、電力設定「バランス」、キーボードバックライトオフで計測したところ、17時間18分を記録した。
このテスト自体、Microsoft Officeを利用したテストとなっており、動作自体がそれほど重くないこともあって、かなりの長時間駆動となった。とはいえ、実利用でこの半分程度と考えても、9時間近くの駆動が可能と考えると、十分な駆動時間だ。省電力性に優れるSnapdragon X Elite搭載による利点でもあるが、これならモバイル用途にも十分対応可能なはずだ。
Copilot+ PCとして現状唯一の選択肢で、AI機能に魅力を感じるなら選択肢としてアリ
今回見てきたようにS5507QAは、いち早くCopilot+ PCとして投入された製品で、これまでのWindows PCでは利用できない様々なAI機能を活用できる点が大きな特徴となっている。また、駆動時間の長さも魅力で、15.6型ノートPCとしては薄型軽量ボディと合わせてモバイル用途にも十分活用できそうだ。
Snapdragon X Elite搭載ということで、アプリの互換性は気になる部分だが、今回試した限りではx86/x64アプリをトランスコードで利用するとしても十分快適に動作するものが多い。
とはいえ、一部利用できないアプリはまだ存在している。そして、近い将来IntelやAMDからもCopilot+ PC対応プロセッサーが登場する予定。そのため、S5507QAをはじめとしたSnapdragon X Elite搭載PCの本当の評価は、それらが登場してから下されることになるはずだ。
今回S5507QAを試用してみて、従来までのSnapdragon搭載PCと比べると、実用度が大きく高まっていることは十分に実感できたが、問題が完全に払拭されているわけではなく、その点不安が残されているのは事実だ。ただ、現時点でCopilot+ PCを名乗るにはSnapdragon X Eliteを搭載するしかない。アプリ互換性に関しては十分に考慮することは不可欠だが、Copilot+ PCをいち早く手に入れてAI機能を活用したいのであれば、S5507QAが魅力的な存在なのは間違いないだろう。