COMPUTEX TAIPEI 2024の初日にQualcommも基調講演を行った。もっともここで新発表が行われた、という訳ではなく昨年10月に発表されたSnapdragon X Eliteや今年4月に発表されたSnapdragon X Plusと、これを搭載したCopilot+ AI PCの紹介が行われた「だけ」である。このCopilot+ AI PCの発売は6月18日からということで、国内でも発表会が行われた他、各社から新製品の発表が相次いでおり、その意味では目新しいものではない。にも拘わらずこれをご紹介するのは、色々と内部事情が透けて見える部分もあるからだ。この辺りを交えつつ、基調講演の内容をご紹介したい。
まず冒頭でから、”今回の(Copilot+ AI PCの)発表は、QualcommがCommunication CompanyからConnected Computing Companyに変わったという事でもある”とブッ込んできたCristiano Amon CEO(Photo01)。PCにAIが搭載されるとどんなことが出来るか、という夢をまず見せた(Photo02)あとで、Snapdragon X Eliteでどんなことが可能になるかを簡単に説明(Photo03)。そして実際に多数の製品が既に出荷を予定している事をアピールした(Photo04)。
続いては個別の特徴の説明ということで、まずは全体の性能として、「再び性能のリーダーシップを取り戻す」(Photo05)とした上で、その重要な要素であるHexagon NPUをハイライト(Photo06)。45TOPSという数字そのものは、IntelのLunar Lakeの48TOPSやAMDのRyzen AI 300の50TOPSにやや見劣りするが、Performance Per Wattが最高、というメッセージを打ち出した(Photo07)。といっても現状ではLunar LakeもRyzen AI 300も未出荷なので、比較はCore Ultra 7 155HとかMacBook Pro M3との比較になるが、当然これらに比べると高い性能を発揮し(Photo08)、しかも消費電力が低い(Photo09)としている。
またCPU性能としてもGeekBenchの結果を示し、同じ性能なら競合より消費電力が低く、同じ消費電力ならより性能が上がると主張(Photo10)。また同じバッテリー容量ならより長時間再生ができるとし(Photo11)、実際に会場で比較の動画も示された(Photo12)。
またアプリケーションについても、ブラウザの動作はx64系と比較して20~57%高速化されており(Photo13)、サードパーティのものでも例えばDaVinci Resolveでは平均3倍高速になる(Photo14)などの数字が示された。最後にQualcommが2月に発表したQualcomm AI Hubは既に100以上の最適化が済んだモデルを提供しており、また同じ処理でも従来比2倍の推論性能を可能にするようなソフトウェアも用意されるとし、更に今後アプリケーションのNative対応が進む(ゲームは既に1000以上が存在する、とした)ことで、ますますx64に拘らないPC ExperienceがSnapdragon X Elite上で利用できる、と利用できるとして基調講演を終わった。
ちなみに写真は省いたが、Microsoft/Lenovo/Acer/ASUS/Dell/HPといったSamsungを除くPhoto04に出て来たメーカーのExectiveによる短いプレゼンテーションも行われたし、上に書いたようにSamsungに加えMicrosoftのSatya Nadella CEOによるビデオメッセージもあって、割と盛り沢山だった基調講演であるが、ただ一つ無かったのがArmによるメッセージである。別にRene Haas CEOが居なかった訳ではない(というか、Armの基調講演の後にQualcommの基調講演が行われており、場所は異なるが歩ける距離だったし、筆者は歩いた)し、MediaTekの基調講演にはわざわざ参加している訳で、これは極めて意図的なメッセージである。そもそもArmの基調講演のレポートでも書いたが、後の質疑応答の中で「WindowsデバイスにおけるArmプロセッサのシェアが5割を超えると考えている」という回答がありつつも、そのなかにQualcommを入れていない(そもそも基調講演の中でも、一度もCopilot+とかQualcommの言葉を使わなかった)というあたりに両者の冷え切った現状が判る。
理由は簡単で、両社は現在訴訟関係にあるからだ。冒頭に示したSnapdragon X Eliteの発表記事の中にもあるが、Snapdragon X EliteやPlusに搭載されている第1世代Oryonというコアは、Qualcommが2021年に買収したNuviaという会社の技術を利用して開発された。これに対し、Armはまず2022年にこれがライセンス違反になるとしてQualcomm及びNuviaを提訴。これに対しQualcommは今年4月18日、Armを反訴している。これがお互いに基調講演で一切触れない理由である。
Arm基調講演の記事の中では敢えてこの辺には触れなかったが、技術的な観点で見てもArmが今すぐWindowsエコシステムに参加するのはソフトウェアサポートの観点で非常に敷居が高い。変な話だが、もしまだArmがSoftbankの100%子会社のままであり、利益をそのまま研究開発に突っ込むことが可能なら、Windows向けのドライバとかKernelとかミドルウェアなど必要なものを、資金にモノを言わせて揃えることは不可能ではなかっただろう(同じことをサーバーと自動車向けにやってるからだ)。ただ独立した現在のArmにそれは無理であり、だからもし本当に50%のシェアを取りたかったら、Qualcommの助けを借りざるを得ない。ただそもそもお互いに訴えあっている現状でそんな事は不可能だし、第一Qualcommは折角先行者利益を獲得しつつあるWindows PC向けArmチップのポジションを簡単に譲り渡すメリットが無い。あるいは今回の訴訟、Qualcommの協力を得るためのArmの戦略(訴訟を取り下げるor条件を軽くするバーターとして協力してもらう)という可能性も0ではないとは思う(いや限りなく0に近いかもしれないが)が、相手が訴訟慣れしているQualcommだけに一筋縄では行かないだろう。なによりMicrosoftとの協力関係をがっちり構築しているのはArmではなくQualcomm、というあたりがArmにとって最大のウィークポイントである。
実のところ今回壇上に立った7社のパートナーに対して、Armが製品出荷の差し止め訴訟を今後行わないという保証はない。ただしそれをやると、間違いなく業界がArmの敵に回りかねない。かといってArmとしても、新しいライセンスモデルを何とか普及させたい(これを実現出来ないと、今後の経営に響いてくる)ため、簡単に訴訟をやめるわけにもいかない。こぶしを振り上げたは良いが、どう引っ込めるかの落しどころが見えなくなっているのが現状である。多分当面はこのピリピリした状況が続くと思われる。