ソニーは、カメライベント「CP+2024」に合わせてポータブルデータトランスミッター「PDT-FP1」を発表し、スポーツ競技会場での撮影に臨むプロフォトグラファー向けの新たなワークフローを提案しています。加えてCreators’ Cloudにもダイレクトアップロードの新機能を追加しました。こうした取り組みについて、同社イメージングエンタテインメント事業部事業部長の大島正昭氏に話を聞きました。
普通のスマホはプロの現場では物足りない、と開発された「PDT-FP1」
PDT-FP1は、Android OSを搭載したスマートフォンライクな外観に、有線LANを含むインタフェースを装備。カメラと有線で接続して安定した高速なデータ転送を行い、それをさらに5G通信を使ってクラウドにアップロードできる仕組みを備えています。
大島氏は、例えばスポーツ競技場での写真、放送の現場などプロフェッショナルから、データを無線で即座に送信したいというニーズは大きかったといいます。そこで、これまでもスマートフォンのXperiaを使ったソリューションを提供してきました。
ただ、「Xperiaはスマートフォンである以上、バッテリーや温度、通信の問題がありました」と大島氏。スマートフォンだと厚みが限られて、高性能カメラの搭載でスペースも必要になります。その分、バッテリー容量も限られてしまいます。そうした「スマホに必要な機能」を一部省いて「データアップロードに特化した専用商品」が、今回のPDT-FP1だと大島氏は強調します。
こうした製品が登場した背景には、撮影機器自体が小型化し、さらにリモート化が進展したことも影響しています。これまでリモート撮影では、有線ケーブルが接続できる状況で実施されていたのが、有線がない環境でもリモート撮影が求められ、いかにリアルタイムに画像・映像を本部や編集場所に転送できるか、という要望が増えているのだと言います。
さらに陸上の国際大会において、撮影用の有線ケーブルに引っかかってしまったアスリートもいたそうで、そうした問題もあって無線化のニーズが高まっていたようです。
当然、Xperiaのノウハウもつぎ込まれています。開発チームは、α、Xperia、FX(シネマカメラ)といった具合に、「どのチームからも開発メンバーが参加しているのがポイント」と大島氏は話します。それぞれのノウハウに加え、各チームで関連するプロフェッショナルの意見を聞いてフィードバックをもらうなど、「One Sony」の態勢で開発されたそうです。
この製品に関しては、完全にプロがターゲットとなります。報道やスポーツなどの分野での活用を狙い、さらにソニーが提供するCreators’ Cloudといったソリューションとの連携も想定します。KDDIとは、5G SAを利用したソリューションでの提携も発表しています。ここでも「ソニーの映像伝送用通信デバイス」という表現で、このPDT-FP1を活用することが示されていました。
CP+2024のソニーブースでは、KDDIの回線を使ったスピードテストが実施されていて、Xperia 1 Vとの速度の違いがアピールされていました。これは、アンテナ配置などでより安定した通信ができるPDT-FP1のメリットだと言います。加えて、世界中の周波数帯域を幅広くカバーしているため、海外の取材などでも即座にデータを日本に転送できるようになると大島氏はアピールします。
大島氏は、PDT-FP1は通信に特化したと表現。有線を含めた通信によってカメラからの画像を取り込み、即座・安定して転送することを目指した端末だとしています。「プロ向けのXperia」としてXperia PROシリーズを用意するソニーですが、その意味では「Xperia Pro」を冠してもいいようにも感じます。ですが、大島氏は「カメラ機能を最小限にしたPDT-FP1にその名称はそぐわない」という認識を示しました。
ちなみに、PDT-FP1にはXperia PROにも搭載されていた「ネットワークビジュアライザー」が搭載されています。大島氏は「これがあるとないとでは大違い」と話し、フォトグラファーが現地でネットワークの状況と調査して動きを確認してから本番に臨めるうえに、観客が入って通信状況が変化してもリアルタイムに確認できる点をメリットとしていました。
こうした通信機器でスマートフォン並みのサイズが必要かという点に関しては、フォトグラファーによってはFTPサーバーが納品先ごとに違うので設定が必要になるなど、操作できることも重要だと大島氏は言います。そうした点から、スマホライクなデザインに仕上げたようです。
「プロがデータをトランスミット(転送)するリードタイムは短くなっていて、例えば20枚連写の写真が何秒で編集者に届いていなければならない、という世界です」と大島氏。速報性が求められ、即座にニュースなどが配信されるようになったため、こうした製品へのニーズが高まっているそうです。
しかも人手も減っています。これまでの有線の現場だと、フォトグラファーの近くに編集者などの人員が必要でしたが、無線だとクラウドに即座にアップロードし、遠隔で作業できます。特に、国際大会で海外から撮影したデータを日本にいてもすぐに受け取れるため、現地に行く人員を効率化できます。
「これは通信社における課題だったようで、これによって編集者を世界の3地域に置けば24時間、世界のニュースをカバーできる」(大島氏)ということが実現できます。とはいえ、大島氏は「まだまだ我々が学ばなければならないことがたくさんあります」と説明します。
ソニーは今年1月に、世界陸連とスポンサーシップ契約で合意。メディア側だけでなく、主催者側とも連携を取りながら端末だけではないイベントのサポートができるような取り組みをしていきたい考えを大島氏は示します。
ちなみに、PDT-FP1の登場がこの時期になったのは、パリ五輪や世界陸連との連携が影響したのではなく、5G通信が世界中で進展して普及しているタイミングだからだそうです。
カメラから直接Creators’ Cloudにアップロード
ソニーはクラウドソリューションとして、Creators’ Cloudを提供しています。法人向けにはfor Enterpriseとしてのサービスもあり、映像制作に特化したクラウドストレージのCi Media Cloudなどが提供されています。
2月には、Creators’ Cloudに直接撮影データをアップロードできる機能が追加されました。スマホを使わず、カメラのWi-Fi接続でそのままアップロードできます。対象はFX3、FX30で、α1やα9 IIIなども順次対応していくそうです。
PDT-FP1は転送にハードウェアを使うためワンクッションが必要になりますが、これがなくてもクラウド転送できるのがCreators’ Cloudのダイレクトアップロード機能です。この2つの違いについて大島氏は、「通信社が本当にセキュアに、本当に速くデータを送信したかったらPDT-FP1、アーティストが別の人と共同作業したり自分で後ほど編集したりするならダイレクトアップロード」という使い分けを紹介します。
PDT-FP1の場合は、アップロード先を変更してFTPサーバーを指定することもできますが、Creators’ Cloudはソニーのクラウドサービスにアップロードするため、Ci Media Cloudに映像をアップロードして、個人でのバックアップ用途に加え、遠隔のクライアントと相談しながら映像を仕上げるなどといった使い方になりそうです。
「この2つは、イメージングがクラウドとつながって、通信技術と融合することで撮って終わり、見て終わりではなく、クリエイティビティを入れ込む、配信する、といった場面までを包含してサポートしたい、という思想が共通しています」と大島氏。通信を活用することで、撮影のさらに先までをソニーがサポートすることを目指しているということでしょう。
ちなみに、個人的に所有しているα6700がダイレクトアップロード機能に対応するか確認したところ、「ソフトウェアだと全機種で対応できると思われがちですが、コンピューティングパワーはそれぞれが異なるので、まったく同じものを実装してもうまく動かなかったり、チューニングが必要だったりします」とのことで、最新世代のα6700で対応できるかどうかは今後の要望(すでに私の要望が1件となっています)と検証次第ということでした。
こうした通信とカメラの融合を見ると、やはり最終的には「カメラに5G」を期待したくなります。大島氏も「そうなりますよね」とうなずきます。とはいえ、大島氏は「もちろんそこには本当に技術的なチャレンジがいっぱいあって、大きなハードルもあります」と続けます。
ユーザーからのニーズは把握しているという大島氏ですが、「まださすがに厳しい」と正直に吐露します。物理的なアンテナの設置も、複数バンドに対応したWi-Fiが搭載されるようになって、ハードルは下がってきていますが、各国の法規制を含めた5Gの対応となるとクリアしなければならないハードルは多い、というのが大島氏の判断です。
とはいえ、PDT-FP1を有線でカメラとつなげば似たような体験は得られますし、ダイレクトアップロードでも無線LAN経由とはいえ、直接通信の感覚で使えます。今回のソニーの2つのソリューションは、カメラのモバイル対応がプロの撮影にどう影響するのか、という先駆けにもなりそうです。
小山安博
こやまやすひろ
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