米クアルコムがハワイで開催したSnapdragonのイベントにおいて、新世代のワイヤレスオーディオ向けプレミアム級SoC「Qualcomm S7 Pro Gen1 Sound Platform」を発表しました。この新しいSoCには、イヤホン・ヘッドホンとスマホをWi-Fiで直接つないで、最大192kHz/24bitのハイレゾロスレス信号を伝送するワイヤレス技術「Qualcomm XPAN」が採用されます。XPAN(エクスパン)がこれからのオーディオライフをどう変えるのか解説します。
スマホとイヤホン、スマホとヘッドホンをWi-Fiでつなぐ「Qualcomm XPAN」
Qualcomm XPAN Technology(Expanded Personal Area Networkの略)は、クアルコムのワイヤレスオーディオ向けSoC(システム・オン・チップ)に初搭載される超低消費電力のWi-Fi通信技術です。標準的なWi-Fiプロトコルをベースに、クアルコムの独自技術によってBluetoothと同等の低い消費電力でワイヤレスオーディオを伝送します。
今回、クアルコムが発表したオーディオ向けプレミアム級SoCは、「S7 Pro」と「S7」の2種類。このうちWi-Fi通信用のモジュールを内蔵するXPAN対応のチップは、上位のS7 Proです。
XPANは、クアルコムのSnapdragon Soundに対応するデバイスの「音質」と「ロバストネス(接続の安定性)」を向上するために開発されました。ローンチ当初はクアルコムの最新モバイル向けSoC「Snapdragon 8 Gen 3」を搭載するデバイスとの組み合わせに限り、XPANが使えるようになります。XPANをサポートするS7 Proチップ搭載のワイヤレスイヤホン・ヘッドホンは、2024年以降の登場が見込まれています。
192kHz/24bitのマルチチャンネルオーディオ伝送に対応
大きな特徴は、192kHz/24bitまでのマルチチャンネル・ハイレゾロスレスオーディオが通せること。スマホとイヤホン・ヘッドホンのようなワイヤレスオーディオ機器を直接つなげるか、またはWi-Fiルーターを起点とするホームネットワークにワイヤレスオーディオをつなぐと、XPANが真価を発揮します。Wi-Fiの周波数帯は2.4GHz/5GHz/6GHzをサポートします。
XPANによるワイヤレスオーディオの接続先は、ユーザーが自分で選ぶ必要はありません。S7 Proチップが搭載するNPU(機械学習処理に特化するAIエンジン)が、スマホからユーザーが離れた場合に接続先をホームネットワークへと切り替えたり、BluetoothとWi-Fiをハンドオフしてオーディオの信号が途切れないようにしたりなどを、自動的に行うからです。
筆者はクアルコムが開催したイベントにて、S7 Proを想定した評価ボードを使ったXPANのデモを体験しました。オーディオを再生中、接続がBluetoothからWi-Fiに切り替わる瞬間は意識しているとわずかな音の途切れがあるものの、目立った遅延やノイズはありません。十分、実用に耐えるスムーズな印象を受けました。
ブースでXPANを解説してくれたクアルコムの開発責任者、パラティマ・パイ氏は「汎用性の高いBluetoothに加えて、Wi-Fiを併用することでユーザーにプレミアムなオーディオ体験を提供することがXPANの狙い。将来はSnapdragonシリーズと、クアルコムのオーディオ向けSoCにXPANを拡大したい」と話していました。
ハイレゾロスレス再生がワイヤレスでより高品位に楽しめるだけでなく、マルチチャンネルのゲーム音声、自然なハンズフリー通話リスニングといった体験にも、XPANは革新をもたらせるはずです。今後を注目していきたい技術です。
Bluetoothによるロスレスオーディオにも新たな動向
また、Bluetoothオーディオに関連する新たな発表もありました。Bluetoothベースのロスレスオーディオ再生は、クアルコム独自のaptX Losslessコーデックが実現していますが、技術名称が「Snapdragon Sound Lossless」に変わりました。
Snapdragon Sound Losslessは、現行のフラグシップSoCであるSnapdragon 8 Gen 2では、「最大44.1kHz/16bitまで」のロスレス伝送が可能です。これを最新のSnapdragon 8 Gen 3では「48kHz/24bit」に強化しています。
さらにS7 ProチップおよびS7チップを搭載するワイヤレスオーディオ機器をSnapdragon 8 Gen 3搭載デバイスに接続すると、最大96kHz/24bitのロスレスオーディオを聴けます。本格的なハイレゾロスレス音楽配信の普及に弾みを付ける技術になるかもしれません。
今回のイベントでは、1台の送信端末から不特定多数のBluetoothオーディオ機器に向けてオーディオを届ける「Auracast」のデモを体験しました。Auracastに対応する1台のワイヤレストランスミッターから、20台以上のBluetoothワイヤレスイヤホンへと同時に同じオーディオコンテンツを送り出すというデモです。
送信機から送り出される2つの異なるオーディオコンテンツを、スマホ操作で切り替えて聴くという楽しみ方も体験しました。例えばAuracastを生かして、屋外や電車の中でデジタル動画広告の声をAuracastで配信し、複数のユーザーがワイヤレスイヤホンで聞けます。またはトークイベントの同時通訳、美術館の音声ガイドにもAuracastが活用できそうです。
こうしたデモに触れて、筆者はBluetoothとWi-Fiがそれぞれの道で熱い進化を遂げそうな期待が持てました。続報に期待しましょう。
著者 : 山本敦
やまもとあつし
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