昆虫が明かりに寄り集まる習性は古くから知られており、その習性を利用して害虫を駆除する仕組みなどもずっと研究・開発されてきました。パナソニック エレクトリックワークス社(以下、パナソニックEW社)も、そうした製品の創造に取り組む一社。今回、昆虫の習性を利用する一歩進んだ研究として、害虫をただ駆除するのではなく、照明によって昆虫の動きを制御して害虫を遠ざける技術について、メディア向けの説明会を実施しました。

  • 昆虫への光の影響を活用した研究と照明技術

昆虫の目と人間の目は、見える色・見えない色が違う

人間の目は太陽の光を白っぽく認識していますが、太陽光は紫・青・緑・黄・赤の可視光と、その外側の紫外線や赤外線で構成されています。そして、生き物によって見える光の波長が異なり、犬や猫、人間に近い猿でさえ、人間とまったく同じ色では物を見ていません。

昆虫は人間には見えない紫外線が見えていながら、可視光の黄色や赤はあまり見えていない場合が多いとされています。たとえばハエは、紫外線のUV-BやVB-A領域がよく見える一方、黄色や赤はほとんど区別できず、人間の標準的な色とはかなり異なる色を見ています。

また、モンシロチョウの雄と雌は、体表面の紫外線を反射する濃さが異なり、人間の目では同じ白に見えても、モンシロチョウ同士でははっきりと違う色に見えているそうです。

  • パナソニックEW社の開発した誘虫光可視光カメラで撮影した、昆虫からの色の見え方(一例)

昆虫はより短い波長の光に引きつけられることが多く、炎や街灯の光は昆虫を吸い寄せる効果を持っています。慣用句の「飛んで火に入る夏の虫」は、この特性があって生まれた言い回しでしょう。パナソニックEW社は、昆虫の誘引行動特性を研究すれば、光によって昆虫の行動にアプローチできることに着目しました。

従来、蛍光灯やHIDランプといった照明器具は、LEDと比較して紫外線を多く放つことから、昆虫が集まりやすいという悩みにつながっていました。パナソニックEW社は昆虫研究者と共同で、昆虫を寄せ付けない照明と、昆虫の目の特性を研究する環境を構築。多くの商材に対して研究結果を応用できるようにしました。

この研究設備では、実際に昆虫を飼育し、昆虫の目に電極を差して、さまざまな波長の光を当てて反応を調べています。昆虫にとって「見えているか、見えていないか」を検証できる設備です。

害虫駆除で生態系に影響を与えない工夫

昆虫の目を研究して生まれた蛍光灯は、昆虫をおびき寄せて粘着シートで捕獲したり、電撃殺虫器で殺傷したりと、多くは駆除を目的としたものでした。夏の夜、コンビニの軒下で電撃殺虫器を見たことのある人は多いでしょう。

ただ、このような製品の普及は新たな課題を生みました。世界中で特定の昆虫が減少し、絶滅の可能性が出てきたことで、それらを捕食していた生き物まで生存が脅かされ、陸上生態系が崩れ始めてしまったのです。

生態系への影響を避ける観点から開発されたのが、パナソニックEW社が2021年6月に発売したLED誘虫器「ムシキーパー」です。一般販売はしておらず業務用のみで、希望小売価格は1灯あたり200,000円となっています。

  • LED誘虫器のムシキーパー「NYS89000 LE9」

  • ムシキーパーは、たとえば運動場などでナイター照明と一緒に設置します。ナイター照明を消灯した直後に、昆虫が近隣住宅の明かりへと一気に移動するのを防ぎます

一般家庭や街灯に使われるLED照明は紫外線が少なく、従来の蛍光灯と比べると昆虫が寄ってきません。しかし、まったく昆虫が寄ってこないわけではなく、ほかに明かりのない場所ではやはり誘引されがちとなります。

ムシキーパーは、ユスリカ類、ヨコバイ類、ウンカ類、チョウバエ類、ガ類といった、対策が求められがちな特定の昆虫の目から非常に明るく見えるように、照明を調整しています。昆虫がより強く引かれる明かりで昆虫を集め、人々の生活に関わる明かりから昆虫を遠ざける器具というわけです。なお、蚊のように動物の出す二酸化炭素に誘引される昆虫に対しては、効果はありません。

  • 同じように見える照明でも、昆虫によっては見え方が異なり、誘引しやすいものとしづらいものがあります

昆虫との共生や農業への活用

照明で昆虫の動きをコントロールし、生態系を保全しながら人間の生活や生産活動から程よく遠ざける取り組みとして、「ホタル用照明」の研究と農業への活用も紹介されました。

ホタル用照明は、ホタルが日本中で減少傾向にあったため、2000年代後半から始まった研究です。ホタルは繁殖のとき、雌が葉の上で光を放ち、雄が明滅しながら近付く習性があります。

近年、ホタルの生息地付近まで人が住むようになりました。住宅の周辺では安全性への配慮から街灯などの照明は欠かせませんが、ホタルにとっては明るすぎます。結果、交尾の相手が見つけられず、繁殖に影響が出てしまっています。

  • ホタルに対する光の影響を研究しています

そこで、専門家などと協力し、ホタルに影響の少ない光を研究。ホタル光影響度指数(FLI)を設定して、ホタルに影響が少なく、同時に人が快適に過ごせる「人とホタルの共生」に向けた照明の開発を進めています。

2016年には、波長や照度、配光といったFLIが小さい照明を街灯用に開発して、神奈川県逗子市に納品しました。FLIの小さい照明は、ホタルの生息地と周囲の歩道側で照度を事前に測定し、照明の波長特性を検証したうえで開発されています。ホタル生息地脇の歩道に設置し、翌年の2017年には地元住民からホタルが増えたとの報告を受けたそうです。

なお、ホタルは全国で年々減少傾向にあるため、この照明だけで一概に増えたとはいえません。2018年以降は残念ながら微減傾向と見られているとのこと。まだまだ実証実験を重ねる必要があるようです。

そして農業への活用は、UV-B電球形蛍光灯の可能性に着目。イチゴへの適度な紫外線照射によって、イチゴの免疫機能を活性化させます。うどん粉病の発生を抑制したり、ハダニの成長を阻害して発生を抑制したりといった研究が進められています。

  • ビニールハウスを用意してハダニに関する効果検証を実施

農業分野では、農薬などの薬品による害虫駆除が一般的です。しかし、農薬は作物に残留して人体への影響が懸念されたり、益虫まで駆除してしまったり、駆除対象の昆虫を捕食する生物への生態系に歪みが生じてしまったりする問題をはらんでいます。ビジネスとして農業を営む以上、農薬のコストや散布の手間も無視できないうえ、農薬を使いすぎると薬剤耐性を持った昆虫の出現を招く問題まであります。

パナソニックEW社が取り組む昆虫の動きを制御する照明が実用化されれば、農薬を使う場合の問題をだいぶ解消できそうです。農家の良品収量の増加、ひいては収益向上、労働環境の改善といったように、日本の農業に照明技術が大きな影響を与えるかもしれません。